将棋大賞・名局賞特別賞に女流名人リーグ渡部愛女流二段対上田初美女流四段戦 両者による「10か月後の感想戦」

スポーツ報知
将棋大賞表彰式後、名局賞特別賞の賞状を披露する上田初美女流四段(左)と渡部愛女流王位

 名局、女流名人戦にあり―。第46回将棋大賞表彰式が18日、東京都渋谷区の将棋会館で行われた。昨年度で最も優れた対局に贈られる「名局賞」に次ぐ「名局賞特別賞」には、第45期岡田美術館杯女流名人戦(報知新聞社など主催)の女流名人リーグ・渡部愛女流二段(25)=現女流王位=対上田初美女流四段(30)戦が輝いた。女流名人戦対局は3度目の同賞受賞。両対局者に受賞の思いを聞いた。

 もし、手元に盤駒があるならば下記掲載の棋譜を並べていただきたい。渡部と上田の技術、戦略、呼吸、焦燥、執念、悲喜が指先に伝わるだろう。

 渡部「受賞は正直驚きました。私にとっては負けてしまった将棋ですけど、賞に値する一局と思っていただいたことはうれしいです」

 上田「『女流名局賞特別賞』があるなら納得でしたけど、夫(及川拓馬六段)から『違うよ。(男性棋戦を含む)普通のだよ』と言われてビックリでした。泥臭い将棋で、そんなに良い将棋だったのかな…なんて対局者としては正直思いますけど、埋もれがちな棋譜に注目していただけるのはありがたいですね」

 タイトル戦や挑戦者決定戦などの大舞台ではなく、中継もされなかったリーグ中盤の一局。相穴熊の持久戦になり、熱戦の象徴とされる駒柱(縦1列のマスが駒で埋まること)が投了図も含めて9度も出現する204手の激戦だった。名局賞選考委員の佐藤秀司七段が昨年度の全対局を並べる中で発見し、推薦した。

 上田「将棋を指して人の心を動かすのは大変なことですけど、中継や解説の方、記者の方がいて、見ていただく方に初めて伝わって、感情移入していただけるものですから」

 渡部「駒柱が何度も出た将棋だったな…くらいには思ってましたけど、たくさんの方に見ていただけるのは本当に光栄です」

 激闘から10か月が経過して、再びの感想戦。両者が挙げた最大のハイライトは154手までの局面(本稿には図面を掲載できないため、初手から並べて局面を再現していただきたい)。上田の馬を1一に幽閉して勝勢となっていた渡部だったが、いくつかの緩手を重ねた後、次の一手が失着だった。3四の歩を守る▲3一飛ではなく▲4一飛としたため、形勢が動いた。

 渡部「後で調べたら(AIの)評価値は2000点くらいリードしていたんですけど、▲4一飛でガクッと下がって…」

 上田「馬が世に出たことで逆転の匂いを感じました」

 将棋指しは誰もが、それぞれの立場や思いを抱えながら勝負に臨む。上田は2か月後に第2子の出産を控えていた。渡部は女流王位戦5番勝負で里見香奈女流王位に挑戦して2勝1敗と王手。結果的に初タイトルを獲得することになる第4局を6日後に控えていた。

 上田「出産後すぐに復帰できるかなんて分かりませんから(仮に残りが全敗だったとしても)残留するために、本局でリーグ4連勝しておきたかったんです」

 渡部「シリーズの途中でしたけど、あんまり意識はなくて、目の前の一局に集中できていたとは思います」

 今期も里見女流名人への挑戦者候補となる2人。3回戦では再戦する。

 渡部「里見さんは、指したくてもタイトル戦に出ないと指せない人。開幕戦で負けてしまいましたけど、ひとつひとつ星を重ねていくしかないです」

 上田「リーグ序盤をしのげば上(挑戦)を向いた戦いができると思ってます。小さい子供が2人いますけど、対局が始まれば関係ないですから。戦いながら力を戻していきたいです。4月から長女が幼稚園に行き始めたのは大きいです(笑)」

 ちなみに「史上最高の名局は」と問うと、2人は悩んだ末に答えを導いた。

 上田「『一歩竜王』(2000年度の第13期竜王戦7番勝負第7局・藤井猛竜王対羽生善治5冠戦。激戦の末、たった一枚の歩が勝負を分けたことを描いた先崎学九段による観戦記の題名から)ですね。私は振り飛車穴熊を指していたので、やはり藤井先生の将棋になりますね~」

 渡部「牧野先生と中尾先生の一局です(2017年度の第31期竜王戦6組ランキング戦・牧野光則五段対中尾敏之五段戦。戦後最長手数となる420手で持将棋指し直しに。指し直し局も含めると19時間超、計520手に及ぶ死闘となった。中尾は引退を余儀なくされる規定が迫っており、生存への執念のドラマがファンの心を打った。昨年の名局賞特別賞受賞局)。人間の勝負を見た、という思いがしました。AIでは絶対に指すことの出来ない将棋。私もそんな将棋を指せたらと思います」

 空前の将棋ブームにより、棋士のキャラクターや言葉、食事まで注目されるようになったが、棋士を棋士たらしめているものは棋譜以外の何物でもない。

 渡部は25日に開幕する第30期女流王位戦5番勝負で初めての防衛戦を戦う。挑戦者は雪辱に燃える里見女流名人。新しい名局の誕生を予感させる顔合わせである。(北野 新太)

 ◆渡部 愛(わたなべ・まな)1993年6月26日、北海道帯広市生まれ。25歳。日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属。7歳で将棋を始め、13年に女流棋士に。18年、タイトル初挑戦となった女流王位戦で里見香奈女流王位を3勝1敗で下し、初タイトルを獲得。昨期の女流名人リーグは3勝6敗。居飛車党。趣味はサッカー観戦。

 ◆上田 初美(うえだ・はつみ)1988年11月16日、東京都小平市生まれ。30歳。伊藤果八段門下。5歳で将棋を始め、12歳で女流棋士に。11年からマイナビ女子オープンを連覇。タイトル獲得は女王2期。13年に同門の及川拓馬六段と結婚。15年12月に長女、18年8月に次女を出産。昨期の女流名人リーグは7勝2敗。居飛車も指しこなす振り飛車党。趣味は読書。

 ◆第45期岡田美術館杯女流名人戦・女流名人リーグ4回戦(2018年6月7日、東京・将棋会館)

▲女流二段 渡部 愛

△女流四段 上田 初美

持ち時間各2時間(数字は消費時間)

▲2六歩  △3四歩

▲7六歩  △4四歩

▲4八銀  △3二銀

▲6八玉1 △4二飛

▲7八玉  △6二玉

▲5六歩1 △7二玉

▲5七銀  △8二玉

▲7七角  △4三銀

▲8八玉  △5四銀

▲6六歩  △9二香

▲2五歩  △3三角

▲9八香  △9一玉

▲9九玉  △8二銀

▲8八銀  △7一金

▲7九金3 △5二金

▲5八金2 △6二金寄

▲6七金6 △7二金寄2

▲9六歩2 △9四歩2

▲8六角11 △4三飛

▲2六飛  △7四歩10

▲7五歩8 △同 歩19

▲同 角  △4五歩1

▲8六角13 △4二角17

▲6八金引11△3五歩2

▲7八金寄6△1四歩

▲1六歩  △8四歩11

▲3六歩5 △5一角5

▲7四歩6 △8三銀7

▲2四歩5 △同 歩

▲5九角6 △4六歩7

▲3七角1 △6四歩

▲4六角3 △8二金上

▲3五歩3 △6三銀3

▲7三歩成4△同 角1

▲2四飛  △2三歩

▲2七飛  △5四歩8

▲2二歩1 △1三桂

▲2一歩成1△7四銀左

▲1一と1 △6五歩

▲7三角成2△同 飛

▲4六角  △4三飛

▲3四歩  △3八角8

▲2八飛1 △4七角成3

▲1三角成1△4六歩

▲6八金寄4△6六歩1

▲4八歩2 △3六馬

▲6六銀2 △6三飛2

▲6七歩1 △6五歩1

▲5七銀  △5五歩

▲7八香2 △7五歩

▲3一馬  △5六歩2

▲同 銀  △6六歩

▲同 歩1 △同 飛

▲5七歩  △5五歩1

▲同 銀1 △6一飛

▲6四馬  △6七歩

▲同 金  △5四歩

▲8二馬  △同 金

▲6六銀  △4四角2

▲6四歩1 △4五馬1

▲5六歩1 △3四馬

▲8六桂  △8五銀

▲7五銀  △3三馬

▲3四歩  △1一馬

▲2三飛成 △8八角成1

▲同 金  △7九銀

▲2二歩  △6八歩1

▲4四角  △6九歩成

▲8三竜  △同 金

▲7二銀  △8八銀成

▲同 角  △8二金打

▲8三銀成 △同 金

▲7二銀  △8二飛

▲8三銀成 △同 飛

▲7二金  △8二銀1

▲6一金  △7九銀

▲4四角  △7一歩

〔154手目〕

▲4一飛  △1二馬

▲3三歩成 △4五馬

▲6六角  △6八と

▲4五飛成 △6七と

▲6九金  △6八金

▲7九金  △同 金

▲8八銀  △7八と

▲7九銀  △同 と

▲8八金  △7八金

▲同 金  △同 と

▲7九歩  △同 と

▲6五角  △7八金

▲8八金  △同 金

▲同 角  △7八銀

▲7九角  △同銀成

▲8八金  △7八金

▲6八金  △7六香

▲7七歩  △6七角

▲7八金右 △同 角成

▲6八金  △6七金

▲7八金右 △同 金

▲6七角  △7七香成

▲7八角  △同成香

▲同 金  △同成銀

▲8八金  △7九金

まで204手で上田初美女流四段の勝ち。開始時刻は午前10時。終局時刻は午後4時52分。消費時間は▲1時間59分△1時間59分。

 ◆名局賞 2007年創設。年度で最も優れた対局に送られる。今年は第76期名人戦第1局・佐藤天彦名人対羽生善治竜王戦。羽生は過去9回(特別賞1回含む)も受賞している。10年に特別賞が創設され、13年に第39期女流名人位戦第5局・里見香奈女流名人対上田初美女王戦、17年に第43期女流名人戦第5局・同カードが選出された。上田は3度目の受賞。今回から女流名局賞も創設され、第29期女流王位戦5番勝負・里見香奈女流王位対渡部愛女流二段戦がシリーズ全体として選ばれており、渡部は2賞同時受賞となった。(肩書は当時)

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