川平慈英「実は舞台系なんです」プロサッカー選手を目前に挫折し「クゥ~!」

川平慈英
川平慈英

 サッカー解説者としても知られる俳優の川平慈英(56)が19日放送のTBS系トークバラエティー「A-Studio」(金曜・後11時)に出演。プロのサッカー選手を目指し、その一歩手前まで行きながら諦めたことが、舞台俳優として充実している今につながったと振り返った。

 「本職は何?」「正体不明」と見られがちな川平は「今でも川平さんて何やってんの?とよく聞かれる」といい、番組MCの笑福亭鶴瓶(67)の認識でも、2009年に三谷幸喜さん作・演出のミュージカル「TALK LIKE SINGING」を観て「(川平は)すごい」と感激するまでは、サッカー好きの「ただのテンション高いオッサン」でしかなかったという。ところが実際には、昨年も三谷さんのミュージカル「日本の歴史」に出演するなど、主要な仕事は舞台俳優だ。

 沖縄出身の川平は、父親の転勤で東京に引っ越し、玉川学園高等部時代に読売サッカークラブ(現・東京ヴェルディ)のユースチームに在籍。2年のときに高校のクラブ選手権で優勝し、卒業後は米テキサス州立大学に「全額奨学金あげるから、うちに来い」とスカウトされてサッカー留学した。

 「ブラジル式サッカーで、僕は中盤。スタメンで、2年目には全米ベストイレブンに入り、念願のプロの道が開けるぜ」と夢をふくらませていたが、直後にドイツ式サッカーの監督に代わり「前線にボールを蹴りこめ」という指示を無視して中盤でパス回しをするスタイルを続けていたらスタメンを落とされ、やがて試合に出られなくなった。

 シーズンが残り6試合となった時、監督に「僕の起用法を教えてください」と直訴したところ「私は君を使わない。アイ・ドント・ニード・ユー」と明言されたという。「挫折という音を聞いた。シャリーンと脳内でガラスが粉々に崩れる音。終わった。20歳ですよ」と川平。「でもあそこで諦めて、サッカーやめて帰ってきてダンスを始めた。結果、コーチ、ありがとう」と人生の機微を振り返る。

 川平がブレイクしたのは1993年、当時35歳で抜てきされてから。きっかけは当時出演していたミュージカルの演出家・福田陽一郎氏が「ニュースステーション」の制作会社に所属しており、Jリーグ開幕に合わせて担当キャスターを募っていたときに「おもしろいやつがいる」と川平を推薦してオーディションを受けさせたことだった。合格の知らせを受け、川平は「僕は役者になりたい」と断ったが、兄ジョン・カビラの「絶対やれ。まず名前を覚えてもらうことが先決だ」という言葉に押されて番組出演を決意。司会の久米宏も川平のサッカー解説をおもしろがったという。

 番組では、川平がサッカー選手を目指しながらも、中学時代からミュージカルの舞台で絶賛されていたことなどが紹介された。

 川平は今年も「実は舞台系」として活動し、4月25日にはコメディー「ピカソとアインシュタイン~星降る夜の奇跡~」(よみうり大手町ホール)の開幕を控えている。

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