独立リーグでの監督業~二岡智宏が笑顔の裏で抱える苦悩(下)

練習日に選手に指示を出す二岡監督
練習日に選手に指示を出す二岡監督

独立リーグのBC富山で今季から指揮を執るのは、昨季まで巨人の1軍打撃コーチを務めていた二岡智宏氏(42)。なぜ二岡氏は、独立リーグでの監督業を志願したのか―。笑顔を見せる指導の日々から、指揮官の思いに迫った。

(取材・柳田 寧子)

「なんでオレに聞かないのかな」

二岡監督は毎日のように同じ疑問に襲われていた。

選手たちが気軽に声を掛けてこられるよう、ハードルを下げたつもり。それでもおかしな光景に出くわす。

練習中、誰に指導するわけでもなく、全体を見渡している時間がある。

そんな時、いつも目に入ってくるのは、選手たちが選手同士で打撃について話している姿。選手が選手に教えている。

ある練習日、いつものごとく、2人の選手が教え合っていた。

同時に、ちらちらとこちらの様子を伺っているが、近づいては来ない。

ついに耐えられずに、声を掛けた。

「オレに聞いて来いよ。おまえら向上心ないな。うまくなりたいと思わないの?」

すると選手は言った。

「いえ、しょうもないことを監督に聞いたら、失礼かなと思って」

は?と思う気持ちは押し殺した。

「何言っちゃってんだよ。おまえら、いつだってしょうもないことしか聞かねえじゃねえか」

笑い飛ばした。

  • ミーティングを開いて、打撃フォームについて語った
  • ミーティングを開いて、打撃フォームについて語った

二岡は開幕を前に、ミーティングを開いた。

選手一人ひとりに、自分の打撃フォームを説明させた。

何を狙って、どんな意図でそういうフォームなのか。

全選手の話を聞くと、ある選手を指名した。

「オレの打撃、マネして見せてよ」

左足をやや開いて構え、インコースの球を右方向に持っていくスイング。“ミスター右中間”と言われた男の打撃フォームを、その選手は見事に再現した。

そして、なぜその打ち方になるのかを、二岡監督はみなの前で説明した。

口だけであっさり終わるのではない。“実演”があればなお、選手たちの頭にもスッと入っていく。

「選手が聞いてこないからね。だったら、聞かせるしかないかなと思って」

二岡がさらにハードルを下げた瞬間だった。

監督になって2キロ体重が落ちた。

「食わないからだね」

単身赴任で、食事は簡単に済ます。昼はコンビニで買ってくるおにぎり1個だけ、が定番。

開幕戦も例外じゃない。やはり、おにぎりを1つ買ってやってきた。最近のお気に入りの一つ、「牛すじどて煮おにぎり」をほおばった。

いつもと同じ1日―。

  • オープン戦の時から、試合前には打撃投手を務めている
  • オープン戦の時から、試合前には打撃投手を務めている

試合前には、打撃投手として10選手に投げ込んだ。テンポが早く、1人に約50球は投げる。

試合中は攻撃時に一塁コーチャーになり、守りになれば、ベンチから捕手、野手へサインを送る。

オープン戦でもずっと同じように過ごしてきた。この日も、いつもと変わらない、はずだった。

妙に喉が乾く。ペットボトルの水を口にしてフタを締めたかと思うと、次の瞬間にはまたフタを開けて飲む。

9回に2点差を追いつかれ延長に突入したが、10回にサヨナラを決めて、監督初勝利を手にした。

「疲れたぁ」

戻ってきた控え室で、しばし動けなかった。

試合途中に空腹に耐えられず、控え室でまんじゅうを口にした。

「こんなに腹減ったの初めてだよ。今まで試合前のおにぎり1個で全く問題なかったのに」

勝ちに行く試合は、オープン戦とはワケが違った。

攻撃中、一塁コーチャーとしてグラウンドに立つ。代打を出すのも、攻撃のサインを出すのも、一塁コーチャーズボックスからの指令になる。

  • 試合の攻撃中は一塁コーチャーとしてグラウンドに立つ
  • 試合の攻撃中は一塁コーチャーとしてグラウンドに立つ

サヨナラのチャンスとなった9回の攻撃。

バントさせるために代打起用を決め、その次の打者も「代打」と指示を出していた。あくまでもこれは、「バント成功」プランだ。

ところがバント失敗。

「失敗となれば他のプランも頭に巡るけど、居る場所が場所だから、とっさには動けない。結局、次の打者に『自由に打て』のサインを出してから、いや、やっぱりバントか? と思った時にはもう遅い」

ベンチから指示を出せれば、「失敗」プランへの変更もスムーズだったかもしれない。ネクストバッターズサークルで出番を待つ次打者に「やっぱりここは、代打はやめとこう」と、ささやくことも可能だっただろう。

だが、流れる試合の中で、一塁コーチャーも務める二岡監督が冷静にプラン変更をすることは難しかった。

スタッフが少なく、兼任業務が多い独立リーグの監督ならではの孤独を、初めて味わった。

「こんなに疲れるの? オレ1年もたないわ」

  • 開幕戦は延長10回サヨナラ勝利を収めた
  • 開幕戦は延長10回サヨナラ勝利を収めた

開幕翌日の朝、午前6時前には自然と目が覚めていた。

「あんなに疲れたのに、いつものように起きちゃうんだよな。ジジィだな、オレ」

そしてこの日、事件は起こった。

セーフティースクイズのサインを出した。相手バッテリーが警戒して初球を外したことで、打者はボール球を見送ったが、三塁走者が飛び出してしまい、アウトになった。

ここで追加点が奪えなかったことが、敗戦につながった。

監督初黒星。

試合後のミーティング。失敗した走者は言った。

「動きはわかっていたつもりなんですが…やった経験があまりないので…」

「十分に練習をさせずにサインを出したオレも悪い。申し訳ない」

「でもわからないこと、疑問に思ったことは、聞いてくれ。聞くのを恥ずかしがってる場合じゃない。試合で恥かく方が、よっぽどみっともないだろ」

開幕4戦目、4-2で2点リードの7回にセーフティースクイズが決まって加点。5ー3での勝利に繋がった。

2戦目の失敗後、練習が行われたのは言うまでもない。

  • BCリーグのユニホーム姿を見せる二岡監督
  • BCリーグのユニホーム姿を見せる二岡監督

一筋縄ではいかない。それでも少しずつ、チームは同じ方向に動き始めている。

投手12、野手13、計25名の選手たち。

「少なくとも2選手は、俺に技術指導を求めてくるようになったよ」とはにかんだ指揮官。

やっぱり、自分の選んだ監督としての日々は「楽しい」。

富山を二岡野球に染めるべく、指揮官の戦いは続く。

       (終わり)

<二岡智宏>(におか・ともひろ)1976年4月29日、広島県生まれ。42歳。広陵高、近大を経て、逆指名した巨人に98年ドラフト2位で入団。1年目から正遊撃手として活躍。2002年に日本シリーズMVP、03年にベストナイン。08年オフに日本ハムへ移籍し13年限りで現役引退。15年オフに巨人2軍打撃コーチに就任し、17年から1軍打撃コーチ。昨オフに退団。通算成績は1457試合で1314安打、打率2割8分2厘、173本塁打、622打点。180センチ、80キロ。右投右打。

◇富山GRNサンダーバーズ 2006年11月に創立し、07年のリーグ創設時から参戦。15年には元巨人のタフィ・ローズ外野手が加入して話題を集めた。資本金9325万円で、地元の企業、個人など約70の株主が支える。昨年は、今季から楽天の1軍投手チーフコーチとなった伊藤智仁氏が監督を務めていた。

練習日に選手に指示を出す二岡監督
ミーティングを開いて、打撃フォームについて語った
オープン戦の時から、試合前には打撃投手を務めている
試合の攻撃中は一塁コーチャーとしてグラウンドに立つ
開幕戦は延長10回サヨナラ勝利を収めた
BCリーグのユニホーム姿を見せる二岡監督
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