独立リーグでの監督業~二岡智宏が笑顔の裏で抱える苦悩(上)

二岡監督は笑顔で練習を見守る
二岡監督は笑顔で練習を見守る

独立リーグのBC富山で今季から指揮を執るのは、昨季まで巨人の1軍打撃コーチを務めていた二岡智宏氏(42)。なぜ二岡氏は、独立リーグでの監督業を志願したのか―。笑顔を見せる指導の日々から、指揮官の思いに迫った。

(取材・柳田 寧子)

大粒の雨が地面をたたき付けていたと思ったら、次の瞬間に青空が広がったりする。

富山・高岡の今年の春はなんだかよくわからない天気に見舞われていた。

そんな空模様と同じように、独立リーグ・BC富山の二岡監督の表情も、晴れたり、曇ったりだ。

高卒新人の18歳や、20代前半の若手選手たちの前で、監督は柔らかな笑みを浮かべていた。

体幹を鍛えるトレーニングの一環で、メディシンボールを投げている選手たちとの談笑。だが、聞こえる若手たちの言葉がおかしい。

「~でしょ?」「あ、なるほどね」

指揮官を相手に、敬語はどこに行ったのか。

二岡を知る巨人の若手選手たちがその会話を聞いていたら、きっと青ざめる。

「二岡さんを怒らせたら、マジでやばいです」

G戦士たちの間では、いつだって“二岡注意報”が発令されていた。

「そんなことでキレませんよ。選手たちが萎縮するのが一番嫌だからね」

そう言って、二岡はまた笑った。

何のために、独立リーグの監督になったのか-。その答えを体現していた。

広島・広陵高時代からプロに注目され、近畿大を経て逆指名で巨人入り。NPBでスタープレーヤーとして君臨した男にとって、独立リーグは無縁の場所にも見える。

だが、自ら就職活動して、この地にやってきた。

トレードで日本ハムに移籍して現役引退後、古巣・巨人では2軍、1軍と計3年間打撃コーチとして指導していた。

  • 巨人の1軍打撃コーチ時代
  • 巨人の1軍打撃コーチ時代

「選手が育っていく、うまくなっていくということに、すごく楽しみがあった」

目覚めていく自分の中の指導熱。

「NPBってやっぱり、コーチがいっぱい居る。打撃コーチだって、一人じゃない。だから、選手に対しても、自分が育てた、とかそういう風に思わないし、思えなかったよね」

そして、野望は生まれた。

「自分の思い通りにやってみたい」

チームのトップになるために―。巨人退団を決めた10月終わり、BCリーグの事務局に連絡を入れた。

「どこか監督を探しているチームはないですかね?」

伝え聞いた富山はすぐに動いた。永森茂球団社長は、すぐに上京して二岡に監督要請をしようとした。

「いえ、僕が富山に伺います」

知名度抜群の指揮官誕生。

  • 監督就任が決まり笑顔で永森茂球団社長と握手
  • 監督就任が決まり笑顔で永森茂球団社長と握手

「二岡さんが来たら、今年は優勝やちゃ!」

地元・高岡のファンは盛り上がった。

「NPBで活躍する選手を1人でも多く輩出したい」

就任会見で、二岡監督はそう言った。

いや、それだけじゃない。一流の選手として戦ってきた男は、ファンの期待も裏切らない。

「育成のつもりで来たけど、やるなら勝ちたい、って思う。そういう環境で育ってきたし、勝負事に厳しい血が流れてるからなあ。オレは一番の負けず嫌いだから。それは間違いない」

だからこそ、育てる一方で勝つチーム作りも真剣だった。

監督就任後に着手したチーム編成。巨人との契約が一度白紙になった、巨人時代の同期入団、上原浩治に電話を入れた。

「契約が決まらないなら、ウチに来いよ。背番号19を用意して待つよ」

  • 巨人で同期入団の上原に入団要請していた
  • 巨人で同期入団の上原に入団要請していた

「メジャーという舞台で戦ってきた男だから、勝負に対しての意識も半端ない。あいつが来てくれたら、選手にもいい見本になるし」

上原入団は叶わなかったが、そんな思いを持った日もあった。

二岡智宏で検索すれば、YouTubeでその打撃映像が簡単に見られる。

選手たちはもちろん、チェック済みだ。

そんな人が上司としてやってきた。

一体どんな人なのか―。選手たちはとりあえず探りを入れるところからスタートした。

二岡はそこで、やさしくほほ笑みかける。声を掛ける。

選手たちの警戒レベルを下げるのが第一歩だった。

キャンプインは3月9日。それまでは2月1日から合同自主トレとして練習がスタートした。

自主トレとは名ばかり。二岡監督の指導も、その段階から始まっていた。

  • 選手一人ひとりと真剣に話をする二岡監督
  • 選手一人ひとりと真剣に話をする二岡監督

全体練習が終わると、指揮官は言った。

「じゃあ、後はやりたいことやって、帰れよ」

次の瞬間にガク然とした。その声が合図になったかのように、みなが荷物を片づけて帰ってしまった。

「まだ午後2時だよ。グラウンドが確保されてて、まだ使えるってのに。帰って、何するんだよ。見事に、全員帰ったからね。こんなもんなんか、って、悲しくなったね」

個々の意識の低さを目の当たりにした。

この現実を受け入れて、二岡は次の策に出た。

翌日から、個別練習メニューを追加した。

例えば、内野手だけは全体練習後にノックを受ける、とする。当然、二岡監督もその個別練習も見守る。そうすると、他の選手も帰るワケにも行かず、自然と自主トレが続くようになった。

「怖くはないけど、厳しいとは思われてるだろうね」

二岡はキレないわけじゃない。腹が立ち、イライラもする。一度だけ、怒りのあまり、練習途中で帰ったことがあった。

前日のオープン戦でバントなどのミスが多発。サインプレーが決まらない場面もあった。

  • 打撃を教える二岡監督
  • 打撃を教える二岡監督

その翌日の練習で、バント練習組が練習中に無駄話をしていた。その姿を見ていられなくなったのだった。

「ここの選手たちのレベルが問題なんじゃない。ミスが出るのも仕方ない。ただ、怠慢とか、一生懸命やってない、ってことは許せない。独立リーグだからこの辺で妥協するとか、それだけは無理。できない」

つい数か月前まで、NPBの1軍で打撃を教えていた自分。その「目が肥えているうちに」と、ここにやって来た。

NPBを目指す選手たちと、NPB選手を教えた時と同じように、真剣に向き合いたい。

だから、譲れない部分は譲らない。

(続く)

<二岡智宏>(におか・ともひろ)1976年4月29日、広島県生まれ。42歳。広陵高、近大を経て、逆指名した巨人に98年ドラフト2位で入団。1年目から正遊撃手として活躍。2002年に日本シリーズMVP、03年にベストナイン。08年オフに日本ハムへ移籍し13年限りで現役引退。15年オフに巨人2軍打撃コーチに就任し、17年から1軍打撃コーチ。昨オフに退団。通算成績は1457試合で1314安打、打率2割8分2厘、173本塁打、622打点。180センチ、80キロ。右投右打。

◇富山GRNサンダーバーズ 2006年11月に創立し、07年のリーグ創設時から参戦。15年には元巨人のタフィ・ローズ外野手が加入して話題を集めた。資本金9325万円で、地元の企業、個人など約70の株主が支える。昨年は、今季から楽天の1軍投手チーフコーチとなった伊藤智仁氏が監督を務めていた。

二岡監督は笑顔で練習を見守る
巨人の1軍打撃コーチ時代
監督就任が決まり笑顔で永森茂球団社長と握手
巨人で同期入団の上原に入団要請していた
選手一人ひとりと真剣に話をする二岡監督
打撃を教える二岡監督
すべての写真を見る 6枚

野球

報知ブログ(最新更新分)

一覧へ
NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請