【推しメン15】〈7〉FBレメキは愛のファイター リオ五輪では「神7」

両腕の力こぶを誇示するレメキ
両腕の力こぶを誇示するレメキ

 「推しメン」7人目は、ジョセフ日本のトライゲッター、ウィングのレメキ・ロマノラヴァ(30)=ホンダ=だ。2014年にトンガから帰化し、16年リオデジャネイロ五輪では7人制代表として出場。五輪の最優秀選手の“神7”にも選ばれた。闘志あふれるプレーが持ち味で「ラグビーをやっていなかったら格闘家になりたかった」というファイターが、自身初の15人制W杯で大暴れする。

 ジョセフ日本の得点源として期待されるトンガ生まれのレメキは「日本愛」にあふれた男だ。2009年に20歳で来日し、キヤノン時代に友人に紹介された恵梨佳夫人と結婚し、14年に帰化した。恵梨佳さんのハートに“トライ”するために必死になって勉強した日本語もお手のもの。「EXILEのATSUSHI、尾崎豊も歌うよ。尾崎だったら『15の夜』がいいネ!」

歌う「15の夜」 民族の証しでもあるタトゥーが全身のあちこちにあり、右腕には聖書の一節が入る。そして、日本のW杯8強に向け、3月の沖縄合宿のオフにフラリと立ち寄ったタトゥー店で、左耳後ろに「愛」、右耳後ろに「家族」の漢字を刻んだ。

 7人制代表で出場した16年リオ五輪では日本の4位入賞に貢献し、優秀選手賞(ベスト7)の「ドリームセブン」にも選ばれた。身長177センチと大きくはないが、持ち前の闘志で弾丸のごとく相手防御を突破する豪快なランは、すでに代表戦で証明済みだ。15人制代表で初キャップとなった16年のアルゼンチン戦では、初先発でトライも挙げた。

 5人きょうだいの4番目で、父のレモトさん(故人)はプロボクサーだった。「お父さんがボクサーだったからね。ラグビーをやっていなかったら格闘家になりたかった。UFC(総合格闘技)やプロボクシング、柔術も好きだしね!」

 夢は日本ラグビー史に自身の名を刻むW杯8強入り、そして、16年リオで果たせなかった20年東京五輪7人制代表でのメダル獲得だ。「日本が大好きだから、日本のために頑張りたいね」と笑顔で明かした。

 引退後はビジネスマンへの転身を考えており、「ビジネス書を読んでいるよ。たくさん稼いで、いっぱい家を買いたいね。そうだね…。引退するまでに7軒は欲しいかな(笑い)」。心のホーム、日本での大活躍を誓った。(小河原 俊哉)

 ◆レメキ・ロマノラヴァ 1989年1月20日、トンガ生まれ。30歳。ウィング、FB。ホンダ所属。愛称は「マノ」。20歳で来日し、2014年に帰化。09年にキヤノン、11年にマツダ、14年にホンダに加入し、同年の仁川アジア大会7人制で日本の金メダル獲得に貢献。15人制は16年秋のアルゼンチン戦で初代表、キャップ数8。家族は夫人と3男。177センチ、92キロ。

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