鈴木亜弥子、東京パラリンピックで初代世界女王目指す…開幕まであと500日

実業団の七十七銀行を拠点に強化している鈴木亜弥子(カメラ・遠藤 洋之)
実業団の七十七銀行を拠点に強化している鈴木亜弥子(カメラ・遠藤 洋之)

 2020年東京パラリンピック(8月25日~9月6日)開幕まで、13日であと500日に迫った。22競技540種目で約4400人の障害者アスリートが世紀の祭典に挑む。今大会から正式競技となるパラバドミントンのSU5(上肢機能障害)クラス・世界ランク1位の鈴木亜弥子(32)は仙台市の七十七銀行を拠点に強化を進めている。一度、現役を離れながら世界女王に返り咲いた32歳は、東京パラで初代女王を目指す。

 夢のパラリンピック女王へ。鈴木は国内最高峰のS/Jリーグ1部・七十七銀行を拠点に強化に励んでいる。午前中は人事部で業務を行い、午後はチームのメンバーとともに汗を流し、17年7月からSU5クラスの世界ランク1位と金メダルの有力候補に躍り出た。「東京は大きな目標でもあり集大成の大会。結果を出さないといけないと思っている」と気合が入っている。

 生まれつき右腕が肩より上げられない障害を持っている。それでも大きな不自由は感じることなくバドミントン経験者の両親と姉と一緒にプレーしてきた。越谷南高3年時だった2004年の全日本ジュニア選手権ダブルスで準優勝も経験。同年の全日本総合選手権にも出場している。「腕立て伏せとかはできませんが、それ以外はみんなと一緒の練習でした」という。

 パラバドミントンは大学3年生から挑戦。フットワークを生かしたコートカバー力は、健常者を凌駕(りょうが)する実力を誇っていただけに、すぐに国内で頂点に立った。2009年に世界選手権、10年にはアジア・パラ大会も優勝。「正直、物足りなさがあった。目標にしていた大会を勝って、もういいかなとなった」と同年を最後に引退。都内でOLとして生活していた。

 大きな転機になったのが14年10月に国際パラリンピック委員会で、東京大会でのバドミントン開催が決まったこと。「もう若くない」と悩んだこともあったが「人生、一度しかないから挑戦してみよう」と1年かけ、15年秋に復帰を決意。5年のブランクで体力低下はあったが「13年やってきて体に染みこんでいた部分はなくなっていなかった」と17年の世界選手権で女王奪回に成功した。

 最大のライバルは昨年のアジア・パラ大会を制した楊秋霞(中国)。今春の国際大会では2連敗したが、鈴木が考える最大の敵は違う。「一番強かったのはたぶん、高校の頃の自分。今と比べたら倍くらい強かった。本番までどこまで戻せるか。東京で、パラリンピックの競技に採用されなければ復帰しなかったし、やるからには力を出し切りたい」。東京で歓喜の頂点に立つため、500日をかけて最高の自分を作り上げる。(遠藤 洋之)

 ◆パラバドミントンのクラス分け 車いす使用は障害の重さによって2クラス(WH1、WH2)、使用しないものは下肢障害で歩行時などにバランスを取るのが難しいSL3、下肢障害も軽度と判断されたSL4、上肢障害のSU5、低身長のSS6と6つに分かれる。試合形式は健常者の試合と同じ1ゲーム21点方式で2ゲーム先取で勝利。WH1、WH2、SL3はコート半面、SL4、SU5、SS6はコート全面で行われる。

 ◆鈴木 亜弥子(すずき・あやこ)1987年3月14日、埼玉・越谷市生まれ。32歳。七十七銀行所属。クラスはSU5(上肢機能障害)。小学3年からバドミントンを始め、越谷南高で全日本ジュニア2位。東京経済大3年からパラバドミントンに挑戦し、2009年世界選手権、10年アジアパラ大会を優勝。同年に一度引退するも15年に復帰。17年世界選手権優勝、18年アジアパラ大会銀メダル。164センチ、55キロ。家族は両親と姉。

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