世界のキタノが天皇陛下御即位30年式典で見せた22年前と変わらぬ「笑いとシリアスのバランス」

北野武監督のベネチア映画祭グランプリ受賞を伝える1997年9月8日付の「スポーツ報知」の紙面
北野武監督のベネチア映画祭グランプリ受賞を伝える1997年9月8日付の「スポーツ報知」の紙面
1997年のベネチア映画祭での「HANA―BI」公式上映の際、堂々と入場する北野武監督たち
1997年のベネチア映画祭での「HANA―BI」公式上映の際、堂々と入場する北野武監督たち

 それは大舞台でこそ炸裂する危険な笑い―。お笑いとシリアスの間をシーソーのように微妙に揺れ動く“世界のキタノ”の真骨頂を23年ぶりに見せつけられた。

 このところ、物語の語り部となる落語家・古今亭志ん生役で出演中のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」での演技への批判やバラエティー番組での滑舌の悪さなどからタレントとしての“衰え”を指摘されてきた北野武監督(ビートたけし、72)が10日、東京・国立劇場で行われた式典「天皇陛下御即位30年奉祝感謝の集い」に紋付きはかま姿で登場。ギャグてんこ盛りの祝辞を披露して話題となった。

 お辞儀の際、いきなり演壇にあったマイクにおでこをぶつけるおなじみのボケを披露。さらに「祝辞」と述べた後も「衆議院…」と口にし、「あっ、こっちじゃない」と謎のボケ。

 ようやく、祝辞を読み始めるかと思いきや終わりの部分から逆さまに読み始め「あっ、こっちだ」。その後も「天皇陛下がご覧になった映画が不届き者を2人も出した『アウトレイジ3』ではないということを祈るばかりです。また、おみやげでいただいた銀のケースに入っている金平糖は、わが家の家宝になっており、訪ねてきた友人に1粒800円で売っております」「5月からは、元号が令和に変わります。私がかつていたオフィス北野も、新社長につまみ枝豆を迎え、社名を変えて令和に対してオフィス冷遇にして、タレントには厳しく当たり、変な情をかけないことと決めました」と次々とギャグを放った。

 会場を大きな笑いに包む一方で天皇陛下への感謝の思いは、きちんと届けた。

 「御即位から30年の長きにわたり、国民の安寧と幸せ、世界の平和を祈り、国民に寄り添っていただき、深く感謝いたします」と述べた後、「初めて両陛下のお姿と接したのは、平成28年のお茶会の時でした。なぜか呼ばれた私は両陛下に『交通事故の体の具合はどうですか』『あなたの監督した映画を見ています』『どうかお体を気をつけてください』『頑張ってください』と声を掛けていただきました。この時、両陛下が私の映画のことや体のことまで知っていたんだと驚き、不思議な感動に包まれました」と続けた。

 「自分が司会を務めた番組で、私たちがニュースなどで目にする公務以外にも陛下が、1月1日の四方拝を始め、毎日のように国民のために儀式で祈りをささげ、多忙な毎日を過ごされていることは、知ってました。皇后陛下におかれましては『皇室は祈りでありたい』とおっしゃいました。お言葉の通り、両陛下は私たちのために、日々祈り、寄り添ってくださっていました。私は、感激するとともに、感謝の気持ちでいっぱいです」と神妙に続けた。

 最後も「平成は平和の時代であった一方、災害が次々と日本を襲った時代でもあります。そのたびに、ニュースでは、天皇、皇后の両陛下が被災地を訪問され、被災者に寄り添う姿が映し出されました。国民の近くにいらっしゃり、祈る存在であること、そのお姿に私たちはひかれ、勇気と感動をいただきました。ずっと国民に寄り添っていただける天皇、皇后両陛下のいらっしゃる日本という国に、生を受けたことを、幸せに思います。ありがとうございました」と締めくくった。

 笑いとシリアスの間で絶妙なバランスを取り続けた約5分間の言葉の数々。祝辞を終え、照れくさそうに頭をかきながら引き揚げる後ろ姿を見ながら私は「ああ、あの表情は、あの時と全く一緒だ」と思った。

 22年前の97年9月、映画担当記者だった私は北野監督を追いかけてイタリア・ベネチアのリド島にいた。世界三大映画祭の一つ、第54回ベネチア国際映画祭で北野監督作品「HANA―BI」が日本映画40年ぶりとなる最高賞・レオーネドール(金獅子賞)に輝く快挙を成し遂げた場面に幸運にも立ち合うことができた。

 歴史的快挙の瞬間、本島からボートに乗ってのリド島入りから密着していた私が宿泊ホテルのスイートルームに駆けつけると、明らかに顔を上気させた北野監督は「俺はベネチアを取った男だなんて思ったら、いい映画は撮れなくなる。これからも振り子のようにお笑いとシリアスのバランスを取っていくよ」。そう淡々と言った。

 その言葉通り、その夜、世界のトップ映画人が終結したメイン会場・サラ・グランデで行われた授賞式で、今度はお笑いタレント・ビートたけしが大暴れを見せた。

 審査委員のイタリアの巨匠・フランチェスコ・ロージ監督から獅子をかたどった黄金のトロフィーを受け取ったとたん、その箱のフタをパコパコと開閉させるパフォーマンス。

 さらにマイクを向けられると、「(ロージ監督は)今度また一緒に組んで、どこか攻めようと言ってるのかな」と第2次世界大戦時の日独伊3国同盟をギャグにする世界規模の毒ガスジョークを一発。ついには「Let’s try again with Italia and go to some country to war」と、だめ押し気味に英語でも言い放ってみせた。

 このギャグは明らかにすべった。一瞬、会場はシーンと静寂に包まれ、審査委員長のジェーン・カンピオン監督などは明らかに眉をひそめていた。その時も北野監督は頭をかきながら、がに股で引き揚げていった。

 そう、舞台が大きくなればなるほど、はじけてはいけない厳粛な場であればあるほど、コメディアンの横顔を抑え切れなくなるのが、この人の“性(さが)”だ。

 一方で確固たる歴史観を持つインテリの側面も持ち、天皇についても過去、「信仰に近いというか、神にかなり似た存在」と形容したこともあった。

 祝辞でも強調したように09年の宮中茶会招待の際の記憶はとりわけ鮮明だった様子。天皇、皇后両陛下が94年のバイク事故を心配して下さったことや数々の北野作品を鑑賞されていたことなどが本当にうれしかったのは確かなようだ。

 北野監督は過去に紫綬褒章受章の打診があったが、断ったことも明かしている。16年にはフランス政府から同国で最も栄誉のある勲章と言われるレジオン・ドヌール勲章オフィシエも受章しているだけに、私は正直、「なぜ?」とも思った。

 後に明かされた主な理由は86年のフライデー襲撃事件で逮捕歴と前科があることだった。「本当はもらいたかったけど、俺はもらうような立場ではないとお断りを入れた」と言う趣旨の発言も伝え聞いたが、本当の理由は天皇、皇后両陛下の公務を増やしたくないという思いだったという。

 「彼には人間としての品がある」―。83年の「戦場のメリークリスマス」で俳優・ビートたけしの才能を見い出し、遺作となった97年の「御法度」でも土方歳三役で起用した大島渚監督は北野監督の人柄について聞いた私に、こう答えた。

 ベネチアでの快挙の2年後のこと。「菊次郎の夏」が第52回カンヌ国際映画祭のコンペ部門に出品された際も、現地でこんな場面に出くわした。公式上映の評判も上々。今回もグランプリ候補最有力という前評判がたったが、惜しくも賞は逃した。

 その時も密着取材していた私に「賞はおまけだよ。コンペに出せただけですごいんだからさ」と淡々と話した北野監督。しかし、ホテルに戻ると、誰も見ていないところで世話になった通訳たちにだけ「期待に応えられなくて、ごめんな」と、そっと頭を下げていたという。

 そう、誰よりも本当の意味での「品がある」大物タレントが式典で口にした天皇、皇后両陛下への感謝の言葉の数々。平成の最後に本当に“上品な”最高の言葉を聞くことができた。長年、北野監督の背中を追いかけてきた私は、そう思い、平成から令和への月日の流れの早さを知った。(記者コラム・中村 健吾)

北野武監督のベネチア映画祭グランプリ受賞を伝える1997年9月8日付の「スポーツ報知」の紙面
1997年のベネチア映画祭での「HANA―BI」公式上映の際、堂々と入場する北野武監督たち
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