元日本ハム・清水章夫さん、トライアスロン挑戦を経てBC新潟監督に 9年ぶり球界復帰の理由

開幕戦で森本稀哲さん(右)の激励を受けたBC新潟・清水章夫監督
開幕戦で森本稀哲さん(右)の激励を受けたBC新潟・清水章夫監督
2月の合同トライアウトで久々に対面した富山・二岡監督(右)と握手する新潟・清水監督
2月の合同トライアウトで久々に対面した富山・二岡監督(右)と握手する新潟・清水監督
2000年5月15日、プロ初勝利を挙げ号泣する日本ハム・清水(左)
2000年5月15日、プロ初勝利を挙げ号泣する日本ハム・清水(左)
日本ハム時代の清水さんのピッチングフォーム
日本ハム時代の清水さんのピッチングフォーム

 久々に味わう感覚だった。選手からウィニングボールを手渡された。「オレ、野球が好きだったんだ」。元日本ハム、オリックスの清水章夫さん(43)が今年、BCリーグ・新潟の監督に就任した。9年ぶりのユニホームで、開幕2戦目の7日、信濃戦で初勝利を挙げた。

■自転車店勤務、トライアスロン挑戦も

 現役を引退してから8年間は、野球と無縁の生活を送っていた。広島・福山で自転車店に勤めた。それぞれの体格に合わせてカスタマイズするオーダーメイドのスポーツ自転車を組み立てる仕事を覚えた。自らも自転車に乗り、トライアスロンにも挑戦した。スイム1・5キロに、40キロのバイク、10キロのラン。「自転車は速かったけど、スイムが太刀打ち出来なかったですね。とにかく経験しようと…」。2年前に兵庫・姫路の店に移り、独立開業を目指して“修行中”に監督のオファーが舞い込んできた。

 「まだ(オファーが)あんねやと…。自分にはもうないかと思っていたけれど、野球のともしびが残っていた」。意を決して社長に相談すると快く送り出してくれた。相棒の140万円のマイ自転車とともに新潟行きを決めた。「自転車が(BC新潟の)チームカラーのオレンジだったんです。これも何かの縁かな」

■近大“最強軍団”エースは軟式野球出身

 輝かしい球歴だ。逆指名でドラフト1位で入団。大学時代は近大の“最強軍団”のエースに君臨した。1学年下の二岡智宏、宇高伸次、藤井彰人らとともに、関西学生リーグ春秋連覇、大学選手権、明治神宮大会も制し日本一になった。この年限りでなくなった社会人野球とのアマ王座決定戦でも勝利し、史上初のアマ5冠を達成した。「社会人相手でも当時は負ける気がまったくしなかったですね」

 それでも野球エリートではない。「中学時代はめっちゃヘタやった」。進学した大阪高で、野球を続けるつもりはなかったが「同級生に誘われて、見に行くから付いて来てくれって」。流れで軟式野球部に入部するとメキメキと頭角を現した。スピードの速い投手がいると話題になった。

 硬式で自分の実力を試したい。しかし門は閉ざされていた。「(軟式出身で)どこも受けられなかったし、断られた」。高校の先生の個人的な紹介で近大に練習参加し、道が開けた。

 BC新潟の監督に就任し、選手に言った。「(軟式出身の)ボクなんかでもプロにかかったんやで。今の君たちの年齢の時は、全然やった。ここにおれる存在ではなかった。君たちの方が数倍上だと思う。諦めずにやれば夢はかなう」。高校でも大学でも一心不乱に練習に取り組むと、一気に成長できる時があった。「だから野球が楽しくてしょうがなかったですね」。その経験を伝えたいと思っている。

■眠っていた“野球脳”がよみがえる

 8年間のブランクは実際ある。それでも徐々に取り戻しつつある。「野球が好きやったんだなということを徐々に思い出しました。死んでいた野球の脳のしわが戻ってくるというか、(今まで閉じていた頭の中の)引き出しが開いてくる感覚があるんです」。伸び悩んでいる投手の投球フォームを見ていると、ある瞬間、修正ポイントがパッとひらめいた。「打者を見ても、オレやったらこう抑えるとか…」。フォームのクセから攻め方を考えていたことを思い出した。

 13年間のプロ生活。腰痛やひじ痛に苦しんだ。やはり思い出すのは初勝利だ。3年目の母の日に東京ドームで念願の白星を飾った。スタンドの最前列で泣いている母親の姿を見たら、こらえきれずに号泣した。翌日の紙面には「清水、涙の初勝利」の活字が踊った。「それから次の登板でも“涙の”って書かれて…。東京ドームは暑くて、アンダーシャツで顔を拭っていたら、赤くなって…。泣いてへんのに『また涙…』って」と当時を思い出して苦笑いを浮かべた。

 BCリーグにはかつての戦友がいる。富山は近大の後輩・二岡が、石川では日本ハム時代のチームメート・武田勝が監督を務める。地区が違うため年間1試合のみ。勝ち上がってプレーオフで対戦することが夢でもある。

■出会いに感謝、縁を大事に

 「野球を離れてみて、『こうしないといけない』というのはあまり存在しないと思った。もっと柔軟に考えてもいいんだということを学びました」。チームスローガンを「縁」にした。「自分には野球でつながっている先輩後輩、自転車での仲間もいる。一人じゃ何も出来ないし、出会いに感謝したいと思って…」。これまでの縁に感謝して、これから出来るであろう縁に期待して、清水さんの挑戦が始まった。(コンテンツ編集部・高柳 義人)

 ◆清水 章夫(しみず・あきお)1975年9月9日、大阪生まれ。43歳。大阪高では軟式野球部に所属、2年秋、3年春の大阪府大会で優勝。近大に進み、硬式に転向。4年で、春秋リーグ戦連覇、大学選手権、明治神宮大会、アマ王座決定戦、とアマ5冠を達成。97年ドラフトで逆指名をして日本ハム1位入団。2000年に初勝利を含む6勝を挙げる。07年途中にオリックスにトレード移籍。10年で現役引退。通算279試合、17勝29敗、2セーブ、20ホールド。防御率4・61。

開幕戦で森本稀哲さん(右)の激励を受けたBC新潟・清水章夫監督
2月の合同トライアウトで久々に対面した富山・二岡監督(右)と握手する新潟・清水監督
2000年5月15日、プロ初勝利を挙げ号泣する日本ハム・清水(左)
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