麻生太郎財務相は9日の記者会見で、1万円、5千円、千円の紙幣(日本銀行券)を全面的に刷新すると発表した。1万円札の肖像画には日本の資本主義の父とされる実業家の渋沢栄一、5千円札には津田塾大の創始者で女性教育の先駆けとなった津田梅子、千円札には近代医学の基礎を築いた北里柴三郎を用いる。2024年度上期から発行する。紙幣の刷新は04年以来、20年ぶり。500円硬貨も素材などを変更し、21年度上期から発行する。
渋沢栄一の生涯や業績を紹介している東京都北区の渋沢史料館の井上潤館長(59)はスポーツ報知の取材に応じ、「渋沢さんは日本の近代化を推進したリーダー。これをきっかけに一層理解を深めてほしい」と期待を寄せた。7日に財務省の職員らが訪れ新紙幣への起用を告げられたという。
渋沢は「日本資本主義の父」とも言われ、日本経済の近代化を進めた。1873年に設立された国内で初めての商業銀行「第一国立銀行」など約500の企業の設立や経営に関わった。紙幣や国債などへの紙需要を見込み、大規模な製造会社の先駆けとなった現在の王子製紙の創立にも参画。東洋紡や帝国ホテルなど存続している企業も多い。
井上さんは渋沢と紙幣の縁を明かした。「明治新政府は各地でバラバラだったお金の単位を統一するプロジェクトを行い、渋沢は『改正掛(かいせいかかり)』という役職でリーダーを務めた」。その経緯で誕生したのが通貨の「円」。「その意味では今のお金の基礎を作ったと言えるかも知れません」
「渋沢紙幣」は100年以上前にも韓国で発行されていた。渋沢が頭取を務めていた「第一銀行」が当時、韓国の中央銀行の役割を担っており、1902年から渋沢の肖像画が描かれていた1円、5円、10円紙幣が使われていた。日本では、1963年に発行された千円紙幣で伊藤博文とともに最終候補に残っていたが、ひげがないため偽造防止の観点から落選。井上さんは「病床時以外、ひげ写真は1枚もないんですよ。どうして生やさなかったかは謎」と話した。
また渋沢の出身地の埼玉県深谷市の渋沢栄一記念館では、訪れた市民ら約150人が万歳三唱。渋沢が好きだったとされる「煮ぼうとう」が振る舞われ、お祝いムードに包まれた。
◆関連株上昇
9日の東京株式市場で紙幣関連銘柄の株価は設備更新の投資増などが見込まれ一時、急上昇した。一方、セブン銀行や地方銀行の株価は、現金自動預け払い機(ATM)の改修などコスト増につながる可能性があるとして値下がりが目立った。
紙幣識別機を製造する日本金銭機械と現金処理機大手グローリーは朝方から買い注文が殺到し、いずれも一時、値幅制限いっぱいのストップ高を付け今年の高値を更新した。ジャスダック上場で、自動券売機を主力とする高見沢サイバネティックスはストップ高水準で取引を終えた。ただ、「キャッシュレス化」の進展も意識され、紙幣関連銘柄の多くは取引終了にかけて上げ幅を縮めた。
◆偽造防止へ「すき入れ」
20年ぶりに全面刷新される紙幣には、偽造防止のため高精細の「すき入れ」模様といった最新技術を導入する。紙幣を識別するための固有の番号である「記番号」は現行の最大9桁から10桁へ増える予定だ。
すき入れは、紙面を光にすかして見ると図柄が浮かび上がる技術。角度を変えて見ることで、デザインが変化するホログラムには肖像の立体的な画像の向きが変わって見える最先端の技術を取り入れる。
新紙幣の額面は、外国人旅行者にも分かりやすくなるように漢数字よりも洋数字の表記を大きくして配置した。
◆渋沢栄一が設立に携わった主な企業、学校など(カッコ内は現名称)
【企業】第一国立銀行、(みずほ銀行)、日本銀行、東京海上保険(東京海上日動火災保険)、東京証券取引所、田園都市(東急電鉄)、石川島造船所(IHI)、札幌麦酒(サッポロビール、アサヒビール)、王子製紙、東洋紡績(東洋紡)、東京瓦斯(東京ガス)、澁澤倉庫、帝国ホテル
【学校】商法講習所(一橋大)、大倉商業学校(東京経済大)
◆紙幣アラカルト
▼正式名称 日本銀行券。国立印刷局の全国4工場で印刷される。
▼流通量 110.4兆円(169.8億枚、2018年末現在)
▼最初の発行 1885年発行の10円券。肖像は七福神の大黒天像
▼使用色数 現行券で最も多いのは2千円札で15色。
▼透かし 偽造防止技術の一つで、最初の発行時から採用されている。現在は他の技術としてホログラムや特殊発光インキなどがある。
▼肖像は必ず右側? 1957年発行の5千円札(聖徳太子)は中央に肖像が描かれていた。
◆渋沢 栄一(しぶさわ・えいいち)1840年、現在の埼玉県深谷市生まれ。日本で初めての商業銀行「第一国立銀行」の創立に関わり、頭取を務めた。1931年に91歳で死去。