東海大四で甲子園出場・山根氏、道議会議員選トップ当選 野球で培った「挑戦心」を政治に生かす

座右の銘を手にする山根まさひろ道議(カメラ・川上 大志)
座右の銘を手にする山根まさひろ道議(カメラ・川上 大志)
高3夏の選手権南大会決勝の模様を「山根驚弾」の見出しで報じた1993年7月27日付「ほっかいどう報知」
高3夏の選手権南大会決勝の模様を「山根驚弾」の見出しで報じた1993年7月27日付「ほっかいどう報知」

 7日に投開票が行われた道議会議員選挙で、立憲民主党所属の元甲子園球児・山根まさひろさん(43)=東海大四高(現東海大札幌)―東海大出=が札幌市北区で3万1476票を獲得しトップ当選(定数4、候補5)を果たした。過去2回の出馬(06年北見市議、15年道議)は落選も、野球少年時代から培った「チャレンジし続ける精神」で思いを貫いた。俊足強打で鳴らした現役時代同様に、道議会でも持ち前のフットワークで汗をかく覚悟だ。

 “3度目の正直”で夢の扉を開いた。「全力を尽くしても、野球と違って選挙は結果を待つしかない。もうドキドキでした」。テレビで当選確実の一報が流れると、山根さんは自宅で共に見守ったかつてのチームメートらと歓喜に沸いた。

 プロ入りも期待された逸材だった。高3時は50メートル走5秒8、俊足強打の1番・二塁手として夏の甲子園に出場。3回戦で元巨人の高橋尚成さん(44)を擁する修徳(東東京)に敗れたが、道大会から続く活躍は、スポーツ雑誌のグラビアを飾るほど注目されていた。東海大では高校からのチームメイトで「今でも気の置けない間柄」と話す現東海大札幌監督の大脇英徳氏(43)らと、2014年に78歳で死去した原貢監督から“最後の世代”として指導を受けた。

 大学で野球には一区切りをつけ、選んだのは以前から関心を持っていた政治の世界。「10―0で勝っていても盗塁で次の塁を狙う。アマ野球は絶対に手抜きをしない。常に挑戦心があった」。現自由党共同代表・小沢一郎氏の政治塾に6期生で入塾。2003年からは国会議員秘書として道内を走り回った。

 転機となったのは2度目の落選となった15年。「それまで休みもあまりなかった。ちょうどいい機会だった」と単身でニューヨークに渡り、語学学校で学びながら都市の街作りを見て回った。「向こうは今どんどん作っている段階。ハードを整えれば人も循環する」。そこから得た公約の一つが『公共交通の利便性向上』。ランニングルートにあった大リーグのメッツやヤンキースの野球場が、いかに街に根付いているかを体感してきた。

 野球で得たことも、これから道内に還元していきたいと山根さんは言う。「社会性、団体生活の大切さを学ぶ上でスポーツを通じた子供の教育は必要。そういうものを学べる機会も、何かやっていけたらいいですね」。TOKAIから政界の“リードオフマン”へ―。道議員としての新たな挑戦は始まったばかりだ。(川上 大志)

 ◆山根 まさひろ(やまね・まさひろ) 本名・山根理広。1975年4月25日、七飯町生まれ。43歳。東海大四高(現東海大札幌高)では2年から4番に座るなど、内野手として活躍。1993年、3年時には春季全道決勝、夏の選手権南大会決勝でそれぞれ先頭打者本塁打を放ち、同年夏の甲子園出場。高校通算10本塁打(公式戦)。東海大では故・原貢監督に指導を受けた自他共に認める大のG党。174センチ。右投右打。独身。

座右の銘を手にする山根まさひろ道議(カメラ・川上 大志)
高3夏の選手権南大会決勝の模様を「山根驚弾」の見出しで報じた1993年7月27日付「ほっかいどう報知」
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