キャリアハイのシーズンを終え、19年度に挑む渡辺明2冠が考えていること

「王将」の駒を手に笑顔の渡辺明2冠
「王将」の駒を手に笑顔の渡辺明2冠

 頂点を極め、長所を把握しながらも「30代に入ったら、戦い方の幅を広げようと志向してきました」と振り返る背景には、29歳当時の2013年7月にNHKの番組で福永祐一騎手(42)と対談したことが影響している。競馬ファンの渡辺が「来年30歳で、もう棋士としての伸びしろはないと思ってるんです」と告げると、同年に37歳で初のリーディングジョッキーとなる福永は「僕も20代後半の頃は同じように思っていました。でも、伸びしろはあると思いますよ」と言った。30代を迎えた後、騎乗時の動作解析など既存の常識を覆す取り組みをして頂点に立った人の言動に強く影響された。

 「もともと騎乗法に巧稚をつけるという発想自体があまりなかったくらいだと思うので、他の騎手がやってこなかった新しいことにチャレンジする姿勢には驚きましたし、刺激を受けました。ずっと上に武豊さんがいる時代を10年以上も経験されて、34歳から関西リーディングを4度も取った。すごく影響されましたし、ずっと意識してきました」

 30歳になった渡辺は振り飛車の採用、後手番での変化など、次々と新しい試みを重ねながら進化を目指した。「よくボロボロに負けましたよ。でも模索してダメだったことがたくさんあって、向き不向きや自分の良さがようやく分かった部分もあります。昨年度、数字を残せたのは5年くらい取り組んできたことが結果に表れたから。ようやく伸びしろを作れたのかなと思います」

 ジョッキーの言葉に背中を押されたことが盤上にも好影響を与えた。現代将棋の研究は先鋭化し、将棋以外のことを考えるのはマイナスにしかならないという思想もあるが、渡辺が示すのは全く逆の態度だ。

 「趣味なんて持たずに研究量で圧倒しようとする考え方ももちろんありますけど、自分は趣味を将棋に生かせている気もします。サッカーなら、アトレチコ・マドリードのシメオネ監督の哲学を読んで、いかにしてビッグクラブと対峙するか、いかにしてプレイヤーのモチベーションを上げるかを学んだり。インタビューの受け答えひとつにしても、海外のメディアは勝因や敗因をストレートに聞いて、答える側も明確に答えるような文化がありますよね。見ていて楽しいので、自分はああいうのが好きですし、自分もそうありたいと思います。見落としの一手について話すのとかは恥ずかしいので誤魔化せるんですけど、出来る限りは話したいです。違う分野の人の考えを知るのは自分にとって貴重な機会で、自分の解釈だけで物事を捉えていくのは難しいと思いますよね」

 もちろん、AIを用いた序盤研究を導入しているが、詰将棋や棋譜並べなどのアナログなトレーニングも重視する。

 「研究のアプローチはあんまり変わっていません。序盤研究でソフトを使うのは当たり前ですけど、中終盤で冴えた手を指すためには普段から地頭を使った訓練が必要になる。そのあたりのバランスがうまく取れるようになったとは思います。地頭を使う訓練というのは、詰将棋や棋譜並べなどの平凡なことです。対戦相手や日程などで、どこに研究の比重を置くかは日々変化します。それが昨年度はうまくいった感覚がありますね」

 「序盤研究というものはヤマを張るのと同じで同一局面にならないと完全に無駄なんです。自分の頭を使わずにソフトを操作することを続けて、無駄になったらひどいことになりますよね。1週間、序盤研究をして全く違う将棋になったら研究を全くしていなかったのと同じですから。やはりバランスは難しいです。公式戦を指すと、感想戦を含めてだいたい読めていたなという将棋があります。頭の状態としてはいいわけですよね。でも、全然読めてなかった、見落としばっかりだったということもある。対局が立て込んだりすると、勝負勘は冴えた状態を維持できますけど、相手に応じた序盤研究は雑になります。昨年度に関しては、そのあたりの微調整がうまくいった感覚はあります。みんながソフトで研究する時代に、旧来からあるアナログな勉強法をいかに採り入れるかというバランスの取り方は難しいですけど、今、足りないものはなんなのか、なんとなくつかめてきたと思います。勝っていれば、研究にもメリハリが出てきますし」

 ほとんど負けなかった印象の年度だったが、朝日杯決勝では藤井聡太七段に屈した。

 「もちろん強いことは分かっていましたし、もう実績的にもトップクラスですから。自分が高校1年の時と比べてもかなり違いますけど、実際に指してみないと手応えのようなものは分からないので、指してみて分かったところも多かったです。自分は中終盤には勝敗がハッキリしている将棋が多いですけど、藤井さんは作りが終盤型で、一気に抜け出したり、罠を仕掛けたりする。詰む詰まないで一気に決着を付ける将棋で、谷川浩司九段に近いです。今は序盤に比重をシフトチェンジしている棋士が多くて、序盤でガチャンと駒をぶつけて、さあどちらが形勢を握るか、という将棋も多い。終盤型の棋士は減っていく気がしますので、藤井さんのようなタイプは貴重になってくるかもしれません」

 逆に、50代を前にした羽生世代がNHK杯ベスト4を席巻するなど、上の世代もまだまだ奮闘している。

 「羽生世代の方々が何歳までトップレベルを維持出来るか、ということは注目しています。既に50歳でも戦えることを立証しているので、例えば55歳くらいでも活躍出来るかどうか、などは興味深いです。で、対策を打てる。常に後発組はトクなんです(笑)。自分が初めてタイトル戦に出たのは19歳の時で、羽生さんは33歳でした。あれから15年くらい羽生世代と対峙してきましたけど、ずっと手強かった。だから自分もこれから同じような役割を担って、後輩たちに手強いな、と思わせる将棋を指したいですね。あとは、20歳でタイトルを取ってから一度も無冠にならずにタイトルを持ち続けていることは自分が誇れる唯一の記録だと思っているので、1年でも長く続けたいというのはありますよね」

 将棋は今も面白く、勝てば嬉しいものなのだろうか。

 「勝った時の喜びは子供の頃と変わらないです。楽しいというのはさすがに…でも、トップ同士の将棋というのは技術的にものすごく細かいことを考えながら指しているものなので、お互いにこんなに細かいことをやっているんですね、と確認できたような時は楽しいと感じているのかもしれないですね」

 渡辺には、眠れない夜がもう1タイプある。対局を終えた当日の夜。

 「研究をしなくていい夜ですから、解放感があって大好きなんです。寝ないで海外サッカーを見ます。翌日になると、また研究のことを考えなきゃいけないですからね」

 秘めたるストイシズムで頂点を、先頭を駆ける。19年度、そして令和の時代も。(北野 新太)

 ◇渡辺2冠の18年度成績◇
 対局数 50局(12位)
 勝数  40勝(4位)
 勝率  ・800(2位)
 連勝数 15連勝(1位)
 順位戦 B1→A昇級
 叡王戦 ベスト4
 王座戦 挑決進出
 棋王戦 防衛(3―1)
 王将戦 奪取(4―0)
 日本シリーズ 優勝
 朝日杯 準優勝

 ◆渡辺 明(わたなべ・あきら)1984年4月23日、東京都葛飾区生まれ。34歳。所司和晴七段門下。94年、小4で小学生名人に。2000年、史上4人目の中学生棋士に。04年、初タイトルとなる竜王を奪取して以降9連覇。獲得タイトルは竜王11、王座1、棋王7、王将3の通算22期(歴代5位)。永世竜王、永世棋王資格保持者。居飛車党。家族は妻、長男。ブログ更新中。

「勝つ喜びは…小さい頃から変わらないですよね」。将棋会館前、鳩森八幡神社の桜を見上げる渡辺明2冠
「王将」の駒を手に笑顔の渡辺明2冠
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