風呂場で転倒した馬場の第一発見者…近藤昭仁さんはプロレス界の「歴史の証人」でもあった

日本プロレス時代のG・馬場(右は豊登)
日本プロレス時代のG・馬場(右は豊登)

 近藤昭仁さんが天国へ旅立った。私が巨人担当だった2006年はヘッドコーチ。08年からは本紙評論家に復帰し、私はアマ野球担当キャップを務めていたため、ハマスタで神奈川大学リーグの戦いぶりを見届けた後、中華街で食事をしながら、若かりし頃の思い出などを聞かせていただいた。

 特に忘れられないのが、近藤さんはプロレス界の「歴史の証人」だったという話だ。

 今から59年前の1960年。巨人を5年で戦力外となった馬場正平投手は、大洋のキャンプにテスト生で参加したが、休日に宿舎で朝風呂に入っていたところ、立ちくらみを起こして転倒してしまう。ガラス戸に突っ込み、左肘が切れて大出血し、野球人生を断たれた。昭和の少年たちがむさぼるように読んだ漫画「プロレススーパースター列伝」でも描かれた、プロレス界のターニングポイントになった出来事だ。

 この第一発見者はなんと、当時ルーキーだった近藤さんだったのだ。

 「ガシャーンという大きな音でねえ、今でも耳に残っているよ。すごい量の血が流れて、必死に救急車へ運んだんだ」

 白球に別れを告げ、失意の中でプロレスに転向した馬場はその後、力道山が率いる日本プロレスに入門。才能を開花させ、「ジャイアント馬場」として一時代を築くことになる。

 身長168センチとプロ野球選手にしては小柄だった近藤さん。全日本プロレス当時、公称209センチだった馬場さんを風呂場から救急車に運ぶのは、骨の折れる作業だったことだろう。

 選手として、コーチとして、監督として。昭和から平成と、ひたすらに勝利を求めた「勝負の鬼」。ICレコーダーに残る温かい声は一生、消せそうにない。(野球デスク・加藤 弘士)

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