格調高い棋風で「剛直流」と称される郷田真隆九段(48)は、同学年・同期の羽生善治九段(48)とともに平成将棋界の頂点を走ってきた棋士だ。待望の本欄初登場となったが、テーマは将棋ではなく野球。巨人ファン、野球ファンとして29日のペナントレース開幕を前に、棋士ならではの視点で野球観を語った。「288通りの準備」とは何か―。
寡黙なイメージを根底から覆すような多弁、雄弁、熱弁だった。郷田九段は笑顔で語り続ける。
「朝、起きるとまず詰将棋を解きます。その後、何はなくとも野球のニュースに目を通します。優先順位の第2位は…野球なんです」
球界、特に巨人の動向を注視して40年以上になる。
「各球団の戦力分析をして、どんな補強をすべきか考えるのが趣味で(笑い)。ドラフトは年間でいちばん楽しみな日。去年は藤原(恭大)君(ロッテ1位)が巨人に入ってくれたら、パンチ力があって歩かせたら走られる脅威もあるトップバッターになってくれるぞと…。根尾(昴)君(中日1位)も素晴らしい選手で、来てくれたら15年はショートが安泰なので、坂本(勇人)選手にはサードに回ってもらって、40歳までプレーして3000安打を…。いや、でも高橋(優貴)君(巨人1位)の映像を見たら、良いピッチャー獲ったな~って思いましたよ。横川(凱)君(巨人4位)も甲子園の投球練習を見て、気になる投手でしたから期待しています」
今季、巨人の注目株は。
「昨季、岡本(和真)選手が出てきて、ファンもようやく安心した感じはありますよね。あとは和田(恋)選手が7番くらいに座って、怖いバッターになってくれたら。亀井(義行)選手と同じようなポテンシャルを持った選手はなかなか出てこないですからね。良くなっているので、あとは自信だけだと思います。投手は、畠(世周)選手が後ろ(リリーフ)に回らないきゃいけない展開は必ずやってくると思うので、八面六臂の活躍を期待したいです」
そもそも、なぜ巨人が好きなのか。
「東京育ちということもありますけど、親父が長嶋さんと立教の同期生で、筋金入りの長嶋さんファンなんです。子供の頃はよく後楽園球場にも連れていってもらいました。巨人は強くなければいけない。というか、他球団より断トツで強くないとおかしいんです。ポスティングでメジャーに出て行ってしまうことがないですし、逆にFAで丸(佳浩)選手のようなプレイヤーが来てくれるんですから。でも、今季は若くて良い選手が多いので楽しみですね。プロに入ってくる選手はみんな素晴らしいものを持っている。あとはどれだけ使ってあげられるかですよね。さらに言いますと…来オフのドラフトでは大学ナンバーワン投手の明大の森下(暢仁)君をぜひ…。注目の佐々木朗希投手(大船渡高)もいますけど、即戦力は森下君かと…。角度のある球を投げるんですよね」
ここで質問。将棋はサッカーとの類似性を度々語られる。野球とはどうなのだろうか。
「共通点…満載です。読みと駆け引き、常に全体を把握すること、適材適所の重要性。遊び駒(貢献していない選手)があってはいけないし、駒損(戦力の下回る状態)でも駒の働き(選手の活躍)が良ければ勝てます。監督やコーチの方々には、ぜひ将棋を覚えていただきたいです」
熱狂的だが、冷静な視線を送るファンでもある。「僕は将棋指しなので、やはり将棋指しの視点で見てしまいます」と打ち明ける。
「特に『準備』を見ます。どんな勝負事も何より大切なのは準備だと思っています。少々の実力差は準備によって乗り越えられるし、結果は準備で変えられる」
具体的には、フィールドにおけるどのようなシーンを指しているのだろう。
「例えば、(ボールインプレー時の)アウトカウントは3種類、ボールカウントは12種類、塁上走者のパターンは8種類です。つまり、野球における一場面は288パターンのいずれかに必ず当てはまる。だから、それぞれのプレーヤーが288パターンを頭に入れてプレーを選択しているか、ということを考えます。288パターンあって、あの打者、あの配球なら次の1球はどこにどんな打球が来る可能性が高いかと。ワンプレーの判断でゲームは変わりますから」
棋士は盤上に起こり得る可能性を極限まで事前研究した上で勝負に臨んでいる。
「もちろん、288パターン程度なら想定は容易です。当然ながら、準備の深い人は浅い人より圧倒的に有利です。準備はし過ぎるということはないです。いくら準備をしても、足りていないんじゃないだろうか、という不安との戦いです。短期決戦ならなおのことです。だから、準備によって成立する緻密な野球を見たい。黄金期の西武が理想です。例えば、確実に1点が欲しい場面で無死一、三塁のシチュエーションがあったとします。当然、打つに越したことはないですけど、打席には常に落合博満さんがいるわけではありません。でも、準備と想定が出来ていれば、ギャンブルスタートでも何でも駆使して1点を取れる確率は極めて高いんです。無死一、三塁で併殺打、三塁走者が生還しないような野球は見たくないです」
郷田九段は、時として序盤から数時間の長考をいとわずに最善手を追究するスタイルで知られる。
「攻撃時のベンチやプレーが止まった時、野球も長考できる勝負だと思います。だから考えてほしい。僕は野村克也さんのシンキングベースボールを正しいと思っているので、自分が野球選手なら野村さんに野球のことを聞きに行きますよ。最初は渋々かもしれないですけど…『お願いします!』と頼めば、あれだけ野球が好きな方ですから、答えてくれるような気がしますよね」
好きなプレイヤーは「プロだな~と思える選手」と断言する。
「自分の目で見た選手ではやはり落合さんですね。球場の広さに応じて、計ったようにヒットとホームランを打ち分けていたようにも見えました。構えを見ただけで、なぜ4割打てなかったのだろうかと今振り返ってしまうくらいの雰囲気がありました。投手なら斎藤雅樹さんでしょうか。20勝してくれて完投し続けてくれる安定感。決して球種が多いわけでもないのに、4スミにピシピシッといけば打たれないんだ、ということを教えてくれました。大野豊さんもすごいですよね。左で150キロ以上出て、コントロールが良くて球種も多いですから…。今季も『これぞプロ』とうなってしまうようなプレーを、応援しながらも見たいです」
剛直流野球トークを終えたトップ棋士は「いや、熱く語ってしまいました。野球には熱くなってしまうんですよ」と再び笑顔に戻った。(北野 新太)
◆引退イチ真のプロ夢の続きオリックス監督に
イチローの引退については「ビックリしました。50歳までプレーしてメジャー4000安打を打って、ピート・ローズに『もう文句はないでしょう』と言ってほしかった」と勝負師らしい言葉で思いを表現。「偉大な功績を残された真のプロフェッショナルで、間違いなくオールタイムのベストナインに入る選手」と、たたえながら「まだユニホーム姿で夢の続きを見ていたいです。オリックスの監督に…」とファンとしての偽らざる願いを語っていた。
◆郷田 真隆(ごうだ・まさたか)1971年3月17日、東京都練馬区生まれ。48歳。故・大友昇九段門下。82年、同学年の羽生善治、森内俊之らと同期で棋士養成機関「奨励会」入会。90年、四段(棋士)昇段。92年、史上初めて四段でタイトルを獲得(王位)。獲得タイトルは王位1、棋聖2、棋王1、王将2の通算6期。今期のNHK杯で準優勝。居飛車党本格派。代名詞の戦型「矢倉」についての書籍を近日出版予定。