【センバツ】札幌大谷・飯田、相棒との夢が実現「にしけんと甲子園でバッテリー」

甲子園練習前の練習で機敏な動きをみせた札幌大谷・飯田
甲子園練習前の練習で機敏な動きをみせた札幌大谷・飯田

 23日に開幕する第91回選抜高校野球大会(甲子園)に初出場の札幌大谷と、2年ぶり3度目出場の札幌第一が19日、甲子園練習を行った。雨天のため室内での調整となったが、札幌大谷の主将・飯田柊哉捕手(3年)はブルペンで投手陣の球筋をチェック。142キロ右腕・西原健太(3年)と小学6年時にファイターズジュニアで出会って6年。甲子園でのバッテリーを夢見てきた“相棒”と、歴史を刻む時が来た。

 あいにくの雨空だったが、聖地はまぶしかった。室内での練習後のベンチ内見学。札幌大谷の飯田主将は数秒間、グラウンドをじっと見つめていた。隣には、いつでも一緒だった西原がいる。「もう少しでこのグラウンドでできる。やっとですね」。高まる気持ちを抑えるように、飯田は静かに語った。

 甲子園で西原とのバッテリーを夢見てきた。2人の出会いは小学6年の冬。ともに選ばれたファイターズジュニアでの練習で飯田は、西原から「僕の球、受けてくれない?」と声を掛けられた。小学6年で165センチを誇った西原も、当時はまだ粗削り。登板は2試合で1回2/3に終わった控え投手だったが、西原の球を受けた飯田は秘めた才能を感じていた。

 「スピードもあったが球質が良い。話をしても野球脳があって、将来性があると思った」。そう振り返った飯田は当初、道内の強豪シニアに進む予定だった。だが、西原が付属の札幌大谷中に進むと聞いて、追いかけるように同校硬式野球部に入った。当時の札幌大谷中は創部7年目と若いチームだったが、飯田に迷いはなかった。

 あれから6年―。小学校の卒業文集に『にしけんと甲子園でバッテリーを組む!』と、書いた夢は現実になる。「中学に入った時、西原と『ずっと、バッテリーを組んでいこう』と約束した。まずは1勝して校歌を歌いたい」。中学で創部初の全国大会出場、高校でも初のセンバツ出場と歴史を作ってきた。創部10年目での聖地1勝も、西原とともに築き上げる。(清藤 駿太)

 ◆飯田 柊哉(いいだ・しゅうや)2001年12月30日、石狩市生まれ。17歳。石狩緑苑台小3年から野球を始める。札幌大谷中では「1番・捕手」として、3年春に全国8強。シニアリーグ日本代表入り。高校では1年春から背番号2でベンチ入りした。家族は両親と弟、妹。173センチ、74キロ。右投、右打。50メートル走6秒1。

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