市和歌山・奴田宗也、伝説を追う…遠戚に39年夏“ノーヒッター”嶋さん

甲子園球場で練習をする市和歌山ナイン(カメラ・義村 治子)
甲子園球場で練習をする市和歌山ナイン(カメラ・義村 治子)

 第91回センバツ高校野球大会(23日から12日間)の甲子園練習が18日、始まり、昨年センバツ準優勝の智弁和歌山など5校が参加した。市和歌山の奴田(ぬた)宗也投手(2年)は、1939年夏の甲子園で全5試合連続完封、準決勝&決勝で無安打無得点を達成した嶋清一さん(海草中)の遠戚で、伝説の名投手に負けない活躍を誓った。甲子園練習は20日まで行われる。

 偉大な遠戚が立った聖地のマウンドを初めて踏みしめ、80年前に思いをはせた。10球を投げた市和歌山の奴田は「思ったよりすごく投げやすかった」と夢見心地だった。

 3年ぶり6度目のセンバツ出場が決まった直後の2月上旬、父・政嗣さん(49)から「嶋さんは親戚やで」と知らされて仰天した。和歌山・海草中(現向陽)の嶋さんは、1939年夏の甲子園で全5試合45回を完封し、準決勝と決勝で無安打無得点試合を達成。ともに史上初の快挙で優勝した。45年に戦死し、2008年に野球殿堂入りした伝説の大投手だ。

 小学生時代に雑誌で「こんな人がいてるんや」と感銘を受けた奴田は、嶋さんが父方の遠戚と分かり「誇らしいです」と胸を張った。嶋さんの遺品などは自宅になく、映像も見たことはないが同じ左腕で嶋さんが得意にしたカーブも投げる。

 背番号「10」で、岩本真之介(2年)、柏山崇(3年)に次ぐ3番手投手。昨秋公式戦は2試合に登板し、7回2/3を投げて防御率4・70だったが、呉(広島)との開幕戦に向けて「勝ちに導きたい。(ノーヒットノーランを)狙ってみたいです」と大きな目標を掲げた。(伊井 亮一)

 ◆嶋 清一(しま・せいいち)1920年12月15日、和歌山市生まれ。35年夏に一塁手で甲子園初出場。翌年投手に転向し、37年夏から5季連続甲子園出場。39年夏は史上初の全5試合完封(48年の小倉・福島一雄と2人)。大会2度の無安打無得点試合は現在も唯一。決勝でのノーヒットノーランは98年の横浜・松坂と2人。明大に進学後、43年に学徒出陣。45年3月戦死。左投左打。

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