支配下へ鍛錬続ける、166センチ“小さな巨人”山川和大の挑戦

山川和大
山川和大

 巨人の育成右腕・山川和大投手(24)が17日、3年目にして念願のイースタン・リーグ初登板を果たした。

 6回に3番手で登板し、1イニングを3安打1失点。日本ハム4番の森山に本塁打を浴びたが「自分の投げたいボールは投げられた。中途半端になるよりは全然満足している。だけど、もっと打たれないように突き詰めないといけない」と収穫と課題を口にした。

 芦屋学園高では硬式野球部がなく軟式でプレー。自分の代では部員10人のうち初心者が4人もいた。アメフトやサッカー、柔道から転身してきた子たちだ。それまで毎回県大会1回戦負けだったというが、高2で主将に就任するとその年の新人戦でいきなり兵庫県大会優勝。近畿大会ベスト4まで上り詰めた。「とにかく、イケイケの集団だった。初回に点を取れればイケるってみんな思ってたんです」。打撃では1番を務めた山川からチャンスを作り、山川が抑えて勝ち上がった。

 当時の松本純監督は野球初心者。だが、「野球に対してすごく熱心。2人で練習内容を決めたり、親身になって相談に乗ってもらいました。僕の恩師です」と感謝する。

 中学までは内野手が主だったが、高校入学後に打撃投手をやったことが投手転向のきっかけになった。初めは「ちょっとかっこいいと思ったんで」とアンダースロー。しかし、「試合で三振を10個取っても振り逃げが5つくらいあったり、エラーも多かった。ヒットを打たれてないのに点を取られてるみたいな。自分で抑えなきゃ勝てないなと」三振にこだわるピッチングを追求し、オーバースローに戻した。

 芦屋大は兵庫ブルーサンダースと提携しており、独立リーグでも試合に出場。二塁手と投手の二刀流だったが、大学2年時にオリックスとの2軍戦に登板し、146キロを計測。以降は投手に専念した。166センチの小柄な体でも戦えるようパワーをつけることを考え、大学4年間で体重を60キロから75キロまで増量。今では最速152キロを誇るまでになった。

 現在は、春季キャンプで習得したチェンジアップに手応えを感じている。「元々スプリットを使ってたんですけど、手が小さいのであまり変化しなかったんです。なのでパームボールを覚えようと。でも変化的にチェンジアップなんです」と笑う。「自分が投げたいと思ったところにしっかり投げきれるように。まだまだこれからですよ」と山川。自慢の大声とでっかいハートで、支配下登録を目指し鍛錬を続ける。

 ◆山川 和大(やまかわ・ともひろ)1995年1月4日、兵庫・神戸市生まれ。24歳。小学2年から野球を始め、有野北中、芦屋学園高では軟式野球部でプレー。2013年に芦屋大へ進学し、BFL・兵庫に加入。14年にプロ志望届を提出するもNPBの規定により対象外に。166センチ、74キロ。右投左打。背番号003。年俸280万円。

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