内田裕也さん死去 79歳、肺炎で…Rock’n Roll人生を全う、樹木希林さん死去から半年

内田裕也さん
内田裕也さん

 ロック歌手の内田裕也(うちだ・ゆうや、本名=内田雄也)さんが17日午前5時33分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。79歳。兵庫県出身。葬儀・告別式は近親者で行う。後日お別れの会を開く予定。

 「生涯ロックンローラー」として豪放磊落(らいらく)な人生を送った内田さんは数々の“伝説”を生み、逮捕歴や都知事選出馬など、本業のミュージシャン以外で話題になったことも数知れず。また、昨年9月に死去した妻の女優・樹木希林さん(享年75)との夫婦関係は、一般的には奇妙でありながら、固い絆で結ばれていた。

 破天荒な言動で世間を騒がせ続けたロックンローラーが、静かにこの世を去った。2017年に脱水症状で入院し、最近は足腰が弱って車いすで移動することも多かった。最後の公の場となったのは、大みそかから元日にかけて行われた、自身主催のライフワークの年越しライブ「ニューイヤーワールドロックフェスティバル」。当初は2曲のみの予定が、大歓声を受けて4曲を披露。途中でスタッフに支えられながら立ち上がり、左手のステッキを高く掲げると「新しい年を迎えて、開催できることを本当にうれしく思います。関係者の皆さんに支えられた。この借りは、今年中に返します」と力強く宣言していた。

 1960年に「日劇ウエスタンカーニバル」に初出場し、ミュージシャンとして本格デビュー。その後は、ビートルズが来日公演した際に前座を務めたり、歌手・沢田研二(70)がボーカルのグループ・サウンズ(GS)「ザ・タイガース」を発掘するなどの“功績”で知られた。また映画人としても85年公開の「コミック雑誌なんかいらない!」で企画、脚本、主演の3役をこなし、報知映画賞など数々の賞を受賞したが、本業以外でも注目を集めた。

 後に起訴猶予となったが、77年の大麻吸引を最初に3度の逮捕歴。91年には「アントニオ猪木さんの撤退宣言にショックを受けて」と都知事選に出馬し、得票率わずか1%強で惨敗した。

 何より、樹木さんとの特異な夫婦関係は、長きにわたり話題となった。2人は、GS「ザ・スパイダース」のムッシュかまやつさんらの紹介で出会い、73年に結婚も、わずか1年半で別居。81年には内田さんが離婚届を提出した。しかし、樹木さんが裁判所に離婚無効の訴訟を起こし、内田さんが敗訴。その後は、樹木さんを「KKさん」と呼び、つかず離れずの関係だった。

 昨年7月、樹木さんが亡くなる直前には、次第に意識が薄れていく樹木さんに電話で「しっかりしろ!」と声を掛け続けた。無言の対面をした際には「キレイな顔をしてる。昔から美人だと思ってたんだよ」と笑い、ビールで献杯し、荼毘(だび)に付されたあごの骨を持ち帰っていた内田さん。40年以上の時を経て、天国で再び一緒に暮らす時が来たのかもしれない。

 ◆所属事務所のコメント全文は以下の通り。

 内田裕也、2019年3月17日、午前5時33分、肺炎のため、永眠いたしました。

 この数年、闘病の日々でした。

 それでもユーモア、ウイットと忘れず、時には世の中を憂い、怒り、常に自分の出来る事を模索しておりました。

 多くの友人知人、家族に支えられて、Rock’n Roll人生を全うすることが出来ました事を心よりお礼お礼申し上げます。

 ◆内田 裕也(うちだ・ゆうや)1939年11月17日、兵庫県生まれ。59年にデビューし、67年に渡欧。帰国後はロック歌手としてフラワー・トラベリン・バンドやロックフェスのプロデュースを行う。その後は映画製作に乗り出し、86年には映画「コミック雑誌なんかいらない!」で報知映画賞の作品賞、主演男優賞を受賞した。91年に東京都知事選に立候補し、ユニークな選挙活動で注目を集める。73年に女優の悠木千帆(樹木希林)さんと結婚。長女の内田也哉子は俳優・本木雅弘と結婚した。

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