【楽天】震災から8年。仙台で被災した辛島は「死ぬまで忘れることはない」

静岡・草薙球場での練習後、楽天の選手と球団職員らが黙とうをささげた(前列左から福井、弓削、辛島)
静岡・草薙球場での練習後、楽天の選手と球団職員らが黙とうをささげた(前列左から福井、弓削、辛島)

 楽天は東日本大震災の発生から8年にあたる11日、静岡・草薙球場での練習前に東北の方向へ、半旗を掲げた。辛島航投手(28)ら3人の投手と球団職員らが、球場内で黙とうをささげた。

 ちょうど8年前。1軍は遠征先の兵庫・明石にいた。震災は、ロッテとのオープン戦中に起こり、試合は中止となった。ただリハビリ組の選手は、仙台に残って治療を受けていた。左腕・辛島も、仙台で被災した1人だ。

 「球場でアイシングしているところでした。ちょっとビックリした。怖かったし。情報が何もなかった。携帯はつながらない。テレビも見られなかった。そこまで被害が及んでいるのも、僕たちは気づいていなかった」と当時を振り返る。

 8年前は、未来を想像できなかった。今を生きることで必死だった。夜に、仙台市泉区の泉犬鷲寮に戻ると、停電で真っ暗。食事もできなかったという。「あの日は8年後を想像できなかった。野球ができるのかとか、そういうことを考えられない状況だった」。

 チームは13年、リーグ優勝と日本一に輝き、被災地に勇気と感動を届けた。野球で東北を盛り上げたいという思いは、11年からずっと変わっていない。「今、普通に生活できている人もいるでしょうけど、できない人たちもいる。僕は仙台にいたので、死ぬまで(震災を)忘れることはない。そういうのをしっかり胸に刻んで、やっていきたいと思います。自分は野球しかない。野球で結果を出すしかない」と言葉に力を込めた。

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