山梨学院大・上田監督にスカウトされた…担当記者が振り返る

グラウンドで次男・健太に背負われ笑顔を見せた上田誠仁監督(2015年12月撮影)
グラウンドで次男・健太に背負われ笑顔を見せた上田誠仁監督(2015年12月撮影)

 箱根駅伝に33年連続出場、3度の総合優勝を誇る山梨学院大でこのほど、上田誠仁監督(60)に代わり、飯島理彰コーチ(47)が新設された駅伝監督に就任した。1985年春、甲府に着任した上田監督は、箱根駅伝での活躍により山梨学院の知名度を全国区に押し上げた。今後も陸上部監督として部に残る監督と関わったスポーツ報知記者が、思い出を振り返った。

 私の人生の中で数少ない自慢のひとつが、上田監督にスカウトされたことだ。

 1987年9月5日、静岡・浜松市で行われた全国高校長距離1万メートルに出場した。組9位、全体32位でレースを終えた私の前に、当時28歳だった上田監督が現れた。川口北高時代の恩師、松枝茂樹先生は順大出身で上田監督の先輩に当たる。その年の正月の箱根駅伝で山梨学院大を初出場に導いたばかりの青年監督は松枝先生に丁重にあいさつした後、私に「山梨学院大学で走りませんか」と声をかけた。すでに東洋大に推薦入学する話が進んでいたことを説明すると「きょうはいい走りでした。これからも頑張って」と激励の言葉を残し、爽やかに足早に去って行った(おそらく他の選手の勧誘活動のために)。

 その後ろ姿を見送りながら松枝先生はつぶやいた。「近いうちに山梨学院大は強くなる。上田君は名監督になるだろう」。恩師の“予言”は当たった。それから4年4か月後の92年1月、山梨学院大は箱根駅伝初優勝を果たした。

 後日談―。記者になった後、上田監督に当時の話をした時「ごめん、覚えていないなぁ」と言われてしまいました。それでも、上田監督に対する敬意は揺るぎありません。(運動第二部・箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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