市原悦子さん死去 夫の言葉に感謝「子供のいない人生だってあるよ」

1978年、42歳の市原悦子さん
1978年、42歳の市原悦子さん

 12日に心不全のため死去した女優・市原悦子さん(享年82)は「お母ちゃん女優」「庶民派」とも呼ばれ、親近感のわく立ち位置が愛される理由だった。ただ、一見すると自然そのものの演技も、実際にはすべて「作品の中でどう生きるか?」を常に考え、計算し尽くされたもの。そこには高校時代の「演技を一生の仕事にしたい」との決意が脈々と流れていた。

 16年前(03年)のインタビューを覚えている。当時67歳。女優生活46年目の映画初主演作「蕨野行(わらびのこう)」は“うば捨て山”の物語。死を受け入れる役に「脚本を読みムラムラして飛びついたの」。役への執着を、死生観を含めて語った。

 「私の中で死はタブーだったのが、これに出て寿命を考え始めた」と言い、問わず語りに、何度か流産したことに及んだ。「泣きました。悲しくて。多産の家系で産めないなんて思わず。仕事ばかりしておなかを大事にしなかったの。ごう慢さにバチが当たったのよ」。そして「『子供のいない人生だってあるよ』と。夫の言葉に救われたわ」と続けた。

 天才肌だが稽古の虫で知られた。私生活のつらい経験。女優をやめたくなったことはないのかと聞くと「ないですよ! 他に何もできないもの。違う仕事に何の意味があるの!」。表情に力と明るさが戻った。

 活力源はスポーツ観戦で「ドラマと同じ。特にテニス、マラソン。表情も一挙一動、目が離せない」。あの時、高橋尚子さんに夢中だと言っていた。「演じるって何かしらね。ヨーイ、ドンでその気(役)になる。それだけ。(サル回しの)サルよサル。演技の評判、評価なんて泡みたいなもの」。特徴ある声を生かした「日本昔ばなし」。これを見て育ったお礼を伝えると「私は声が高いでしょ? 低い声に憧れたわ」と“あの声”で返すのだった。(編集委員・内野 小百美)

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