【箱根駅伝】1位・東海大“空中分解”危機も黄金世代が一つに!両角監督「箱根から世界へ」

1位でゴールし駆け込む10区・郡司(手前)を笑顔で迎える東海大のメンバーたち(カメラ・清水 武)
1位でゴールし駆け込む10区・郡司(手前)を笑顔で迎える東海大のメンバーたち(カメラ・清水 武)
選手たちから胴上げされる東海大・両角監督
選手たちから胴上げされる東海大・両角監督

◆報知新聞社後援 第95回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)復路(3日、芦ノ湖―東京・読売新聞東京本社前、5区間=109.6キロ)

 東海大が、新春の東海道を駆け抜ける箱根駅伝をついに制した。立役者の一人は2011年に就任した両角速監督(52)だ。時に熱く、時に厳しく、時には優しく選手に接し、チームをまとめ上げた。08年には長野・佐久長聖高の監督として全国高校駅伝を制覇。高校と大学の“2階級制覇”を果たした名将の視線は、あくまで世界に向いている。

 大手町の空に両角監督は5度、舞った。「胴上げは本当に気持ちいい。選手がやってきたことを信じた」

 感慨深い表情で話した。秋以降、月に500キロも走り込み、体重は86キロから69キロに。胴上げしやすい体となり最高のフィナーレを迎えたが、一時はチームに“空中分解”のピンチがあった。

 この夏、両角監督は「箱根で優勝を狙う」と宣言して合宿スタート。例年のスピード練習よりも泥臭く走り込んだことで例年より故障者が増え、チーム内には疑問と不満が湧き上がった。「説明不足があった」と指揮官は非を認めた上で、選手と根気よく話し合った。「目標はあくまで世界。駅伝は日本独特のもので、強くなる手段。駅伝を終着点にしてしまうと、井の中の蛙(かわず)で終わってしまう」と力説する一方で、世界という高い目標を“逃げ道”とし、駅伝をおそろかにすることはできない。井の中(駅伝)で勝たなければ大海(世界)で勝負できるはずもない。選手に説いた。

 指導者の原点は1995年。佐久長聖高駅伝部の監督に就任。自らブルドーザーを運転しクロスカントリーコースを整備するなど、熱心な指導で強豪校に育て上げた。98年に全国高校駅伝に初出場し、2008年には日本一。11年に東海大の監督に転身。12年の予選会では敗退するなど順風満帆ではなかったが、17年に出雲駅伝、そして今回、箱根路を制した。高校&大学の“2階級制覇”は他に例を見ない快挙だ。

 佐久長聖高の教え子の立大・上野裕一郎監督(33)は、「褒める選手、厳しく接する選手、その見極めがすごい」と話す。郡司の言葉が裏づける。今回はアンカーとして歓喜のゴールテープを切ったが、前回は当日変更で8区から外された。「大会後、みんなの前で郡司を使わないで良かった、と言われた。殴って辞めてやろうと思ったが、今となっては僕を発奮させるためだったと分かります」と話した。

 「駅伝はゴールではない。世界を意識したスケールの大きな選手を育てたい」と強調する両角監督。その哲学は大迫傑ら教え子に浸透している。今の東海大ランナーたちも同じ。選手とともに箱根の山より高い山を目指して走り続ける。(竹内 達朗)

 ◆88年の箱根本紙名鑑、趣味はディスコ

 1988年12月31日付の報知新聞に掲載された第65回箱根駅伝選手紹介の「東海大 両角速」は異彩を放つ。多くの選手が読書や音楽鑑賞としている趣味の項目に、「ディスコ」と記されている。監督は「意識の低い選手ですね。今の学生には見せられない」と苦笑いする。人間味あふれる姿も魅力だ。

 ◆館沢ら米武者修行へ

 東海大の館沢や鬼塚らは1月下旬から3月いっぱいまで米国フラッグスタッフへ遠征する予定。安藤財団プロジェクトの支援による米国遠征は3年連続となり、昨年は2月から約2か月間、オレゴン大を拠点にトレーニングを行った。館沢は「今のままでは通用しないので、強くなるためのヒントをつかんで帰ってきたい。現地のプロチームと一緒に練習させてもらいます」と、技術を貪欲に吸収するつもり。更なる強さを求めて武者修行に励む。

 ◆東海大陸上部 1961年創部。箱根駅伝は73年に初出場し今回で46度目。出雲駅伝は2005年からの3連覇など優勝4度。全日本大学駅伝は優勝1度(03年)。タスキの色は紺と白。箱根1区の区間記録を持つ佐藤悠基や村沢明伸(ともに日清食品)らがOB。短距離では100メートル前日本記録保持者の伊東浩司や、200メートルの末続慎吾、400メートルの高野進ら日本記録保持者を輩出。活動拠点は神奈川・平塚市。

 ◆両角 速(もろずみ・はやし)

 ▼生年月日 1966年7月5日、52歳。

 ▼出身地 長野・茅野市。

 ▼速 陸上の選手、指導者としてインパクトが強い名前を持つ。「両親の命名は陸上とは関係ありません。母方の祖父の名の速水(はやみ)から1字をもらったと聞いています」

 ▼競技歴 小学生の時、同郷の伊藤国光さんに憧れ、走り始める。85年、東海大三高から東海大に入学。

 ▼箱根駅伝 1年3区9位、2年3区7位、3年1区7位、4年2区9位。

 ▼社会人選手 89年に東海大卒業後、日産自動車、ダイエーで活躍。

 ▼指導者歴 95年に長野・佐久長聖高の監督。2011年に東海大監督に転身。

 ▼スポーツ一家 妻・貴子さん(51)は元スピードスケート選手。長男・駿さん(25)は佐久長聖高時代、全国レベルのトップランナー。次男・優さん(22)は佐久長聖3年時にリリーフエースとして夏の甲子園に出場。

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