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藤井聡太七段ロングインタビュー〈3〉 平成最大の出来事は…「国家間の戦争という軸が変化した米同時多発テロ」

スポーツ報知
平成を振り返った藤井聡太七段

 2018年の将棋界は、1月5日の羽生善治竜王(当時、48)への国民栄誉賞授与決定に始まり、12月21日の羽生の無冠転落に至るまで話題の尽きない激動の一年だった。前年のルーキーイヤーに大フィーバーを巻き起こした藤井聡太七段(16)は、さらに勝利を重ねた。2月の朝日杯で史上最年少で全棋士参加棋戦優勝を果たし、11月には新人王戦制覇。12月には史上最年少で通算100勝に達した。天才少年にとって、どんな一年だったのか。ロングインタビューで聞いた。(北野 新太)

 ―10月には最後の出場機会となった新人王戦を制しました(参加資格が六段以下の若手棋戦のため、来期以降は出場できない)。

 「新人王戦は最後の出場でしたので、優勝という形で終われたらと思っていましたけど、若手の強い方は多いので…。優勝を意識し始めたのは決勝になってようやく少し、という感じでした。良い形で卒業することが出来て良かったなと思います」

 ―平成最後の新人王になりましたが昭和最後の新人王は羽生善治九段です。竜王を失冠して27年ぶりの無冠になってしまいましたが、平成の30年間を経た今も活躍を続ける姿は、どのように映っているのでしょう。

 「プロになって2年が経ちましたけど、30年間にわたってトップを戦い、素晴らしい実績を残されてきたということの途方の無さは、プロになったからこそ、より実感できるようになりました。羽生先生の将棋は、柔軟に今も少しずつ変化している。ずっと第一線で戦われているのはすごいことだなと、プロになってからこそ感じています」

 ―「新人王」と言えば、大リーグ・エンゼルスの大谷翔平投手がア・リーグ新人王に輝きました。どのような思いで活躍を見つめていたのでしょうか…。

 「大リーグに行くという大きな決断をされ、投手としても(4勝2敗、防御率3・31)、打者としても(打率・285、22本塁打、61打点、10盗塁)結果を残されました。環境にも大きな変化があったんだろうなあと想像するんですけど、その中でも常に結果を出されてきたのは本当に素晴らしいことですし、自分も見習いたいなと思います」

 ―2019年4月末で平成という時代が終わります。平成14年生まれでいらっしゃいますから半分くらいを生きたことになりますが、平成において最も大きな出来事は何だったかと問われたら、何と答えますか?

 「(121秒間の長考に沈んだ後に)…自分の生まれる前の年の2001年に起きた9・11の(米同時多発)テロは、自分では直接は知らなくて映像を見たことがあるくらいなんですけど、今考えてもすごく大きな出来事だったように感じます。国家間の戦争という軸が変化して、それ以前の米国とソ連のイデオロギーの対立があったわけですけど、そこからの世界の変化の象徴だったのかなあと思います」

 ―現代の世界では「米中貿易摩擦」にも関心があると聞きました。

 「やはり中国の台頭は著しく、国際社会において存在感は増してきています。中国と米国という大国2か国の関係はどうなっていくんだろうと、というのは気にはなります」

 ―平成の将棋界は、乱暴にひと言で言ってしまうと「羽生善治の時代」でした。次なる元号では、誰が主役になるかは分かりませんけど、当然、藤井さんは主人公になる候補の最右翼であることは間違いないです。

 「自分のピークは6年後から8年後くらいだと思っていますので、そこに向けてしっかり強くなるようにやっていきたいと思います。過去の棋士の先生方を見ても、20代前半から中盤にかけてが一番充実する時です。でも、羽生先生は25歳の時に7冠に達成されて、その後も20年以上にわたってトップでずっと戦われて来ている。自分は今、なかなか将来のことを考える段階ではないと思いますけど、常に変化に取り組んでいけたら、とは思います」

 ―2019年の誓いを。

 「成長は少しずつ緩やかになっていかざるを得ないと思いますけど、停滞は避けなくてはならないので、常に向上していかないといけないと思います。取り組みは大きく変えることはないと思いますが、着実に歩みを進められるようにしたいです」

 ―引き続き、たくさん紙面を飾っていただきたいと思います。

 「本当に多く採り上げていただいてうれしく思っておりますので、来年も皆様の目に留まるように頑張りたいと思います」

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