東洋大主将の小笹椋、集大成の箱根で見せろ東洋らしさ…学生記者がみた箱根駅伝ランナー

第94回大会、悔しげな表情で2位でゴールテープを切る東洋大・小笹椋(18年1月)
第94回大会、悔しげな表情で2位でゴールテープを切る東洋大・小笹椋(18年1月)
12月13日の箱根壮行会であいさつする小笹(C)スポーツ東洋
12月13日の箱根壮行会であいさつする小笹(C)スポーツ東洋

 第95回箱根駅伝は2日、東京・読売新聞社前をスタートする。スポーツ報知では東洋大学スポーツ新聞編集部(スポトウ)の協力を得て、2014年以来の覇権奪回を目指す東洋大の3選手を紹介する。第2回は主将の小笹(こざさ)椋(4年)。1年中、密着取材する担当記者が、それぞれの選手を徹底分析した。

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 前回の箱根駅伝、青学大が4連覇を達成し、ゴールの大手町が歓喜に包まれる。東洋大が目指していた総合優勝の夢は絶たれた。それでも10区を走る小笹は懸命に腕を振り続ける。「絶対に区間賞を取れ」。監督車から響く酒井俊幸監督(42)の言葉を背に、いつもの均整がとれたフォームを大きく崩しながら泥臭く前に進んだ。その走りには「絶対に最後まで諦めない」常勝・東洋大主将としてのプライドが垣間見えた。

 小笹が主将に就いたのは3年生の頃、異例のことだった。駅伝シーズンが間近に迫った夏合宿、当時の4年生がけがで合宿に帯同できない状態が続く中、3年生だった小笹が駅伝主将に任命された。3大駅伝のメンバーに確実に入れる力を持ち、そして3年生の学年主任を務めていた小笹が適任という酒井監督の判断だった。急な出来事に動揺を隠せない小笹。当時を「困惑して何をすればいいのか分からなかった」と振り返る。

 不安を抱えたまま迎えた3年次の駅伝シーズン。主将の重圧が小笹を襲った。初戦の出雲駅伝は状態が上がらずまさかのメンバー漏れ。続く全日本大学駅伝は7区に出走、前を走る青学大との距離を詰めようと焦りが生まれ、後半に失速し順位を1つ落とした。チームとしても出雲駅伝5位、全日本大学駅伝も5位と不本意な結果に。「自分がチームの足を引っ張っている」。レース後に落胆した様子を見せた小笹は、自分の走りを見失っていた。

 チームを優先するあまり空回りしていた小笹だったが、「自分の課題を克服すること」と、まずは自分の走り見直すことに着手。走りでチームを引っ張るというシンプルな答えにたどり着いた小笹は、箱根駅伝で真価を発揮した。

 アンカーの10区を任され、2位でタスキを受け取った時には1位をゆく青学大との差は絶望的に広がっていた。それでも小笹は最後まで諦めない、東洋らしい「1秒を削り出す走り」を体現。チームは総合2位に終わったが、小笹は区間賞を獲得し、来季への望みをたぐり寄せた。それでも総合優勝に届かなかった悔しさがあふれる。小笹は力を使い果たし自ら立ち上がれない中、仲間に支えられ来季への雪辱を誓った。

 4年になった小笹は主将を継続。箱根駅伝の悔しさから一皮むけ、チームに欠かせない柱へと成長した。駅伝シーズンに入ると出雲駅伝4区区間4位、全日本大学駅伝5区区間3位と上位の成績を残し、序盤に出遅れたチームを救う走りを見せた。

 背中で道をしめすその姿は、まさしく理想の主将像。酒井監督は「雄弁に語るタイプではないが、少ない言葉の中に重みがある」と小笹を評する。親交の深い山本修二(4年・遊学館)も「小笹が注意すればみんな聞く」と信頼は厚く、個性の強い集団をうまくまとめあげている。

 1月2日、3日に控える箱根駅伝は小笹にとってこれまでの集大成となる。1年生から3年連続で出場している小笹にとって、これが4度目の大舞台だ。「継続する力は誰にも負けない」と語る小笹。泥臭さと継続力を兼ね備えた、まさしく東洋大らしい選手といえる。「いままでお世話になってきた人に恩返しができる走りをしたい」。最後の箱根駅伝に向けて、小笹の目はしっかりと前を見据えている。(スポーツ東洋・大谷 達也)

 ◆小笹 椋(こざさ・りょう)1996年11月4日生まれ。埼玉県出身。埼玉栄高を経て東洋大経済学部4年。22歳。1年次から3年連続で箱根駅伝を経験しいずれも区間1ケタ、3年次には10区で区間賞を獲得。ロードでの強さが武器で、20キロ以上の長い距離を得意とする。身長168センチ。体重53キロ。ピーマンが大好物なことから愛称は「ぴーまん」。

第94回大会、悔しげな表情で2位でゴールテープを切る東洋大・小笹椋(18年1月)
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