渡辺雄太「コービーになりたい」夢に近づいた4分31秒間 日本人2人目NBAデビュー

◆NBA グリズリーズ117―96サンズ(27日、テネシー州メンフィス)

 グリズリーズと、下部チームに所属しながら一定期間NBAに出場が可能なツーウェー契約を結ぶ渡辺雄太(24)が、サンズ戦の第4クオーター(Q)残り4分31秒から初出場を果たした。日本人では04年にサンズでプレーした田臥勇太(38、現栃木)以来2人目の快挙。残り1分40秒には相手からファウルをもらい、フリースロー2本を決めて初得点。リバウンドも2本奪った。チームは117―96で勝利した。

 グリズリーズが25点リードで迎えた最終第4Q残り4分31秒。渡辺が日本人として田臥以来14年ぶりにNBAのコートに足を踏み入れた。残り1分40秒には体を回転させながらゴール下に切り込んだ。放ったジャンプシュートが相手のファウルを誘発し、フリースロー2本を沈め初得点。リバウンドも2本取る、堂々のデビューだった。「プレーできたことで一歩先に進めた。応援してくれる人や家族、恩師、友達は喜んでくれていると思う」。支えてくれた周囲への感謝があふれた。

 両親は元日本リーグ選手。小学2年生の頃、父・英幸さん(60)の影響で毎日のようにNBAを見た。画面の奥で輝いていたコービー・ブライアントを見て「NBAに行きたい。コービーになりたい」と口にした。父は「アホかと思った」と笑うが、目を輝かせる息子に「テレビ見てるだけじゃ、なれん。練習するしかないやろ」と誘った。毎朝6時から小学校の校庭でサッカーゴールのクロスバーや電柱に向かってシュート練習。中学生になると、父が10万円のバスケットゴールを買ってくれた。土日は4時間以上、シュートを1000本入れるまでやめなかった。

 香川・尽誠学園高の入学時に190センチもあった渡辺を見た色摩拓也監督は「日本には残らない子や。ただ、このままではアメリカでも通用せん」とポイントガードの動きを教え込んだ。他校のコーチから「渡辺をそんな使い方してるから勝てないんや」と批判も受けたが、11年には全国大会で準優勝。サウスポーで複数ポジションをこなすオールラウンダーとして絶対的な自信を得た。

 高校卒業と同時に米国へ旅立った。高校3年の時に父の携帯に田臥から「彼は絶対に米国に行くべきだ」と着信があった。背中を押され、10以上の国内強豪大学からの誘いを断った。色摩監督から「想像しないくらいダメになる可能性もある」と言われ、父からも「勉強で挫折したら絶対に許さん」と厳しい言葉を突きつけられた。だが渡米前の13年8月には父に「今は俺、ワクワクの期待しかない」と強気のメールを送った。主力に故障者が相次ぎ、開幕5試合目で昇格しチャンスをつかんだ。

 試合後はすぐに色摩監督に電話し「次は本契約が目標です」と語った。NBA昇格日数が限定された契約で、次の出番は未定。「自分の強みを伸ばすことが大事。守備もシュートも磨けばもっと長くプレーできる」。渡辺の活躍は、20年東京五輪出場を目指す日本代表にも大きな財産となる。

 ◆渡辺に聞く

 ―約4分半の出場。

 「今日はチームメートにコートに立たせてもらった。あくまでスタートラインに立っただけという気持ち」

 ―日本人選手で2人目。

 「正直、自分が何番目とかは考えていなかった。一選手として自分が認められてコートに立ちたいと思っていた」

 ―田臥が所属したサンズとの試合でデビュー。

 「ゼロからNBAのコートに立った田臥さんが、どれだけ努力されてきたかを改めて感じた。尊敬がさらに増した」

 ―米ゴンザガ大の八村らも背中を追っている。

 「自分が米国で成功することによって若い世代が続いてくれればと思っていた。自分の姿を見てNBA選手になりたいという日本の子供たちが増えてくれたらうれしい」

 ◆渡辺雄太(わたなべ・ゆうた)アラカルト

 ▽生まれ

 1994年10月13日。香川県三木町。206センチ。

 ▽主な成績

 小学1年からバスケを始め、高校2、3年時に尽誠学園高で全国高校選抜優勝大会2年連続準V。高2で当時史上最年少の日本代表候補選出。14年9月に米ジョージワシントン大に進学し、NCAA(全米大学体育協会)1部で活躍。18年には所属カンファレンスの最優秀守備選手に選ばれた。

 ▽性格

 努力家で真面目。優しい。幼い頃は泣き虫。

 ▽愛読書

 バスケ漫画「スラムダンク」。父・英幸さんによると「100回は読んでいる」。

 ▽好きなスポーツ

 野球。父の影響で巨人ファン 好きな選手は坂本勇人内野手で、父が東京に行った際には土産に坂本グッズをリクエスト。

 ▽好物

 ラーメン、うどん。

 ▽家族

 身長190センチの父は元実業団選手。177センチの母・久美さんは元日本代表。170センチで2歳年上の姉・夕貴さんも元選手。

 ◆ツーウェー契約 NBAで17―18年シーズンから導入。主に下部リーグのチームに所属しながら、レギュラーシーズンで最大45日までNBAのチームに加わることが可能。各チーム2人まで契約できる。渡辺の年俸は非公表だが、同契約選手は7万5000ドル(約840万円)が最低保証されており、NBAロースターに入った日数に応じて、追加で最高27万5000ドル(約3080万円)が支給される。

 ◆NBAと日本人 1981年に身長218センチ(当時)の岡山恭崇がドラフトでウォリアーズから8巡目10番指名を受けるもプレーせず。04年11月にサンズの一員として出場した田臥勇太が日本人初のNBA選手となった。4試合で計17分プレーし7得点、3アシスト、4リバウンドの成績を残した。14年には富樫勇樹(25、現千葉)がマーベリックスと契約を結ぶも、開幕前に登録を外された。

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