【日本ハム】矢野引退、さらば代打満塁弾男!ドラ6で巨人入団、けがと闘い代打の切り札に

ガッツあふれるプレーでファンを魅了した矢野
ガッツあふれるプレーでファンを魅了した矢野
15年、大谷(右)とお立ち台でマイクパフォーマンス
15年、大谷(右)とお立ち台でマイクパフォーマンス

 日本ハム・矢野謙次外野手(38)が今季限りで現役を引退することが27日、分かった。巨人時代は主に代打の切り札として、12年からのリーグ3連覇などに貢献。15年に日本ハムに移籍してからも代打で勝負強さを発揮した。近年は思うような結果が出せず、第一線を退くことを決めた。現在2軍に帯同中。28日からのイースタン・巨人3連戦(G球場)で、巨人時代の戦友たちにも別れを告げることになりそうだ。

 バット一本で渡り歩いた16年間のプロ野球人生に、幕を下ろす。矢野は関係者に「ここ数年、自分の引き際を考えてきた。まだやれると思って踏ん張ってきたが、そろそろかな、と思うようになった。いろいろな方々にお世話になったこの野球人生に後悔はまったくない」と話しているという。

 02年のドラフト6巡目で国学院大から巨人入りした。「キャリアの半分がリハビリ」と言うほど、故障との闘いだった。最もレギュラーに近づいたのは自己最多タイの103試合に出場した06年。結局、左足小指の骨折などで定着しきれなかったが、07年5月31日のソフトバンク戦(東京D)では球団史上初の代打の代打で逆転満塁本塁打を放つなど、次第に代打の切り札の地位を築いた。13年にはシーズン代打安打19本の球団新記録を樹立した。

 14年オフには右肘を手術。故障の影響もあって、思うような成績を上げられない自分に悔しさが募った。「まだできる。もう、終わりかな。そんな思いが頭の中を駆けめぐってますよ」と当時は話していた。環境を変えて残りの野球人生を突き進みたい―。そんな思いが募った15年6月、日本ハムへトレードで移籍した。

 新天地では移籍直後の3試合で2度お立ち台に立つなど、一気に北海道のファンの心をつかんだ。代打で持ち前の勝負強さを発揮し、栗山監督は「若い選手の見本」と絶大な信頼を寄せた。今季は開幕1軍スタートを果たしたが、4月に2軍落ち。5月末に再昇格したが、7月末の降格後は千葉・鎌ケ谷で調整を進めていた。

 球団は近日中に引退を発表し、10月10日のロッテ戦を軸に本拠地・札幌Dでセレモニーを行うことを検討しているもよう。また日本ハム2軍は28日、巨人とG球場で対戦する。思い出の多い球場で、同じ釜の飯を食った脇谷や内海ら元同僚に引退を報告することになりそう。村田、杉内らが引退した「松坂世代」がまた一人、ユニホームを脱ぐ。

 ◆矢野伝説

 【巨人時代】

 ▽04年7月25日・横浜戦(横浜) プロ入り2試合目のスタメン。7点を追う5回先頭で右翼席最前列へライナーでプロ1号。

 ▽07年5月31日・ソフトバンク戦(東京D) 0―3の7回1死満塁、代打の代打で篠原から左翼席へアーチをかけ試合をひっくり返す。巨人では87年原辰徳以来20年ぶりの「代打満塁逆転弾」だった。

 ▽11年9月30日・広島戦(東京D) 8回、2点を勝ち越しなおも無死満塁。亀井の代打で、左腕ソリアーノから左翼席最前列へ一撃。自身2度目の代打満塁弾で勝負を決める。

 ▽12年10月7日・DeNA戦(東京D) 同点の延長10回、藤江から自身初となる代打サヨナラ弾。

 ▽13年11月3日・楽天戦(Kスタ宮城) 日本シリーズ第7戦の9回、抑えで登板した田中将大の前に空振り三振。最後の打者に。

 【日本ハム時代】

 ▽15年6月12日・DeNA戦(札幌D) トレード移籍後、初スタメン。二塁打3本で猛打賞。サヨナラ勝ちを呼び込む。初のヒーローインタビューで「ファイターズ最高!」と絶叫。

 ▽16年6月15日・DeNA戦(横浜) 9回1死二塁、杉谷の代打で、家族が見守る前で、左越えへ1号2ランを放ち均衡を破る。代打弾は自身10本目。

 ◆矢野 謙次(やの・けんじ)1980年9月21日、東京都生まれ。38歳。国学院久我山から国学院大に進学し、2002年ドラフト6巡目で巨人入団。15年6月に、須永とともに矢貫、北との交換トレードで日本ハムへ移籍。通算758試合で打率2割6分1厘、29本塁打、153打点、18盗塁。178センチ、85キロ。右投右打。既婚。年俸3000万円。

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