北の湖前理事長を支えた山科親方が定年 花のニッパチ組の1人は「さっぱりしています」

山科親方は定年会見後に花束を手にはにかむ
山科親方は定年会見後に花束を手にはにかむ

北の湖前理事長を支えた山科親方が定年。花のニッパチ組の1人は、「さっぱりしています」

 9月11日に65歳の誕生日を迎え、秋場所限りで日本相撲協会を退職する山科親方(元小結・大錦)が13日、国技館内の記者クラブで定年会見を行った。

 新潟・佐渡島出身で1968年夏場所に14歳で出羽海部屋に入門してから50年。「さっぱりしていますね」と断言。飾らない人柄の昭和の男らしいコメントで半世紀に及ぶ相撲人生をまず総括した。

 入門から5年の73年夏場所で新十両に昇進。それでも、「まずテレビに(相撲の取組が)出るのが目標だった。田舎では十両は映らない。幕内にならないとね」。言葉通り、新入幕となった同年秋場所では横綱・琴桜を破るなどして11勝4敗。優勝争いにからむ大活躍で史上初の新入幕力士として三賞を総なめにした。

 2015年11月に亡くなった北の湖前理事長(元横綱)を始め、昭和28(1953)年生まれに有望力士がそろい、「花のニッパチ組」と呼ばれた1人。特に北の湖前理事長とは仲が良く、協会在勤として日書的役割を担った。「当時は理事長の他は先輩ばかり。1人くらい『おい』といえる人間がほしかったのでは」とし、角界に不祥事が続いた際には「なるべく理事長をカメラの前に出さないようにした」と振り返った。

 参与として70歳まで協会に残る再雇用制度を用いず角界から離れる。名古屋場所では定年に華を添えるように部屋の関脇・御嶽海が38年ぶりの優勝を果たした。「いい餞別(せんべつ)をもらいました。名古屋の千秋楽でも彼に直接言ったけどね」。会見の最後に花束をもらうと、「(自分には)似合わないな」と照れくさそうだった。

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