ソフトバンク・和田が巨人・杉内引退に「一緒にやれたことで今の自分がある」…独占手記

熊本震災復興野球教室に参加した(左から)和田、新垣氏、杉内(2016年12月撮影)
熊本震災復興野球教室に参加した(左から)和田、新垣氏、杉内(2016年12月撮影)

 巨人の杉内俊哉投手(37)が12日、都内のホテルで会見し、現役引退を表明した。2015年に受けた右股関節手術からの復帰を目指していたが、その後も左肩痛などに悩まされ、3年間1軍登板なし。同級生でダイエー時代にはチームメートだったソフトバンク・和田毅投手(37)がスポーツ報知に独占手記を寄せた。

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 スギ、本当にお疲れさま。

 最初に見たのは98年夏の甲子園。スギは鹿児島実で、八戸工大一高を相手にノーヒットノーランを達成した試合をホテルのテレビで見ていた。その時、僕は球速が130キロもいかないような投手だったし「こういう投手がプロに行くんだろうな」と。まさか後にプロの同じチームでやるなんて思ってもみなかった。

 でも本当にスギと一緒にやれたことで、今の自分がある、と思っている。同級生で同じ左腕、背格好も似ていたし、球種もほとんど同じ。スギより1勝でも多く、ちょっとでもいい防御率を残そうと僕は意識していた。チェンジアップやスライダーを教え合っても、全てに自分の変化球より完成度が高く、マネできなかった。スギのピッチングフォームや配球、セットポジションのときに1度腕をあげる動作など、いつしかお手本にして研究したりもしていた。

 お互いがまだ寮生の時は(新垣)ナギサ(16年引退)と試合後に寮で晩ご飯を食べながらピッチングの反省会をよくしたよね。だから打たれたんだ、って(笑い)。同級生だったからかもしれないけど、あそこまで言い合えた関係ってなかなかないんじゃないかな。

 お互い大きなけがもした。12年、僕はメジャーに行って、すぐに左肘を手術することになった。そのリハビリ中にも励ましのメールをもらったし、アメリカにいる間、ホークスの試合結果の次に気にしていたのは、スギ個人の結果。「巨人でもノーヒットノーランか。やっぱすげーな。俺も頑張らなきゃな」って。そんな思いは常に頭にあった。

 だから、去年のオープン戦で投げ合えたことは本当にうれしかった。右股関節形成手術という球界にも前例のないオペを乗り越えて帰ってきたスギとの投げ合い。オープン戦だったけど、開幕戦くらいのつもりで投げた。負けたくなかったから。あれが最初で最後の投げ合いになってしまうのはやっぱり寂しい。最近は自分も左肩を痛めてしまい、連絡をとる時はいつも肩の話題。スギに治療院を聞いたりもした。

 どんな時でも目標とさせてくれるライバルであり、友人に、心から、ありがとうとお疲れさまを言いたい。でも、もう叶(かな)わないと分かっていても、もう一度同じユニホームを着て一緒にプレーしたかったなぁ…。(ソフトバンク投手)

 ◆和田 毅(わだ・つよし)1981年2月21日、愛知・江南市生まれ。37歳。浜田高(島根)では2年夏、3年夏に甲子園出場。早大に進み、02年ドラフト自由枠でダイエー(現ソフトバンク)入り。03年パ新人王。10年パMVP、ベストナイン。最多勝2度、最高勝率1度。12年にオリオールズ入団。13年オフにカブスに移籍、15年11月に5年ぶりにソフトバンク復帰。179センチ、81キロ。左投左打。

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