将棋・山本博志新四段誕生 少数派となった戦法「ノーマル三間飛車」にこだわり、夢を目指す

 将棋の棋士養成機関「奨励会」三段リーグ最終節の対局が2日、東京都渋谷区の将棋会館で行われ、山本博志三段(22)が通算13勝5敗で2位となり、四段(棋士)昇段を果たした(正式昇段日は10月1日付)。同時昇段は同15勝3敗の本田奎(けい)三段(21)。

 昇段を果たし、調査書を記入する時のことだった。夢見心地のあまり、山本新四段はなんと自分の生年を書き間違えた。本当は1996年なのに「1998年」と記す、まさかのミス。「気が動転して…。すいません…サバ読んでしまいました」。そのくらい感情が震えた時間だった。

 2連勝で自力昇段だったが、午前中の1局目を落とした。「だいぶ弱気になって、上がれない運命なのかなと思いました。切り替えなきゃいけないのに…。内容もひどくて暗い気持ちでいました」

 負ければ一気に5位まで転落することになる2局目。今度は力を発揮して昇段を決めた。「胸が痛かったです。想像していたよりもプレッシャーはありました。分かっていましたけど、思ったよりも…。でも最後に胸の痛みとつかえが取れて将棋に集中できました。今は実感はないですけど…ホッとしています」。笑顔をほろこばせた。

 2016年の三段リーグでは、1年後には時代の寵児となる藤井聡太現七段(16)から勝利を収めている。「藤井さんに勝ったことは何の特長もなかった自分についた初めてのハクでした。でも、だからこそ藤井さんに1期で上がられたのは悔しかったです。その後、29連勝をされて差が広がっていくことを感じました。自分の年下の人が駆け上がっていくのは悔しいです。だから、藤井さんの存在は、自分も頑張らないといけない、と思える原動力なんです」

 藤井戦での勝利後、約1年前から意識を変革させた。「最初は、普通にやっていればプロになれると思っていましたし、タイトルも取りたいと思っていました。でも、勝てない時期が続いてタイトルどころかプロにもなれないんじゃないかと…。でも、1年くらい前、やるからにはもう一度タイトルを目指そうと思い直したんです。で、将棋以外のことをやらなくなりました」。あえて目標設定を高くすることで自己改革し、成長した。

 振り飛車党で、ノーマル三間飛車を得意とする。現代将棋において極めて少数派と言える戦法で、プロでも主力に据えているのは中田功七段(51)、師匠の小倉久史七段(50)らしかいない。「奨励会に入る前から10年以上、三間飛車です。居飛車も全部いろいろやってきましたけど、戻って来ました。珍しがられるのは楽しいですし、しばらくは三間飛車で頑張ってみて活躍したいです。自分が活躍すれば広まるとも思うので」。始めた理由は、やはり師匠の影響だ。「居飛車穴熊ばかり指す子供だったんですけど、小学4年の時に師匠と指して全駒(全ての駒を取られてしまうくらいのワンサイドゲーム)されて、なんて良い戦法なんだろうと思ったんです」。昨秋には師匠との共著「三間飛車新時代」も上梓した。「修業の身で本を書くのは…とも思ったんですけど、夢のようなお話だったので受けさせていただきました。奨励会員からは冗談で『立ち読みしました。買わないけど』とか言われますよ。でも、アマチュアの方や地元の方、子供の研修会員から『読みました』と言われると、将棋をやってきてよかったと思いました」。

 憧れの棋士は「藤井システム」などの革新戦法を次々と生み出している独創家・藤井猛九段(47)だ。「序盤から積極的にいく振り飛車に憧れています。将棋以外でも憧れています。藤井先生みたいになりたいです」

 趣味はカラオケ。「疾走感のある曲が好きです。しっとりバラードとかはあまり…」と言いつつ、先日、奨励会の行事で、年配の人と共にマイクを握る席では「今の曲を歌っても…。他の世代の方にも伝わるのは…」と逡巡した結果、徳永英明の名曲バラード「壊れかけのRADIO」を歌唱した気配りの男でもある。

 旅行も大好き。「自然のある場所が好きです。伊豆大島も楽しかったですね」。将棋道を邁進するあまり、日本列島を脱出したことはないが「海外も行ってみたいです」と語った。

 取材を受けている間に緊張もほぐれたのか、写真撮影では破顔一笑した。

 ◇山本 博志(やまもと・ひろし)1996年8月13日、東京都江東区生まれ。22歳。小倉久史七段門下。小学1年の時、父親に教わって将棋を始める。20008年、奨励会入会。15年、三段リーグ参加。

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