西郷輝彦、がんにも負けない「まだまだ歌う」71歳「娘同士の共演も見たい」

「ファン全員が死ぬまで歌って、みとってやりますよ」と笑い飛ばす西郷輝彦(カメラ・小泉 洋樹)
「ファン全員が死ぬまで歌って、みとってやりますよ」と笑い飛ばす西郷輝彦(カメラ・小泉 洋樹)
デビュー直後の西郷
デビュー直後の西郷
「星のフラメンコ」ジャケット写真
「星のフラメンコ」ジャケット写真
ステージで「星のフラメンコ」を歌う西郷
ステージで「星のフラメンコ」を歌う西郷

 日本の名曲の魅力に迫る「にHo!んの歌」。8月は、歌手・西郷輝彦(71)の1966年の代表曲「星のフラメンコ」(作詞・作曲、浜口庫之助)。異例のフラメンコを題材にした楽曲は浜口氏とのスペイン旅行で生まれ、冒頭の「好きなんだけど~」と繰り出す甘い歌声がファンの心をつかんだ。50万枚超えのヒットを記録し、NHK紅白歌合戦では2度歌唱した。発売から50年以上歌い続け、「一生の財産」と感謝する同曲への思いとは―。(星野 浩司)

 デビュー3年目。19歳で歌ったフラメンコ楽曲は、66年2月のスペイン・マドリードで生まれた。

 「浜口先生と当時マネジャーだった(サンミュージックの)相澤秀禎会長(13年死去)でスペインに4日間行って、劇場で毎日フラメンコを見ました。情熱の音楽とダンスに感動して涙が出たね。先生が『これを歌にしたいんだ』と。僕らも『かっこいいですね、日本で誰もやってないですよ』と興奮しました」

 帰国から約1か月後、カセットテープに録音した浜口氏の歌声に酔いしれた。

 「一瞬で名曲だと思った。頭の『好きなんだけど』がビビっときた。素晴らしすぎて僕に歌えるか恐れみたいなものはあったけど、自分の好きなラテンの曲で血が騒いだ。レコーディングも一発OK。難しいことは考えず、歌詞を大事に歌った。浜口先生も細かい指導はなく『グッドだよ~』とグーサインでした」

 男性が好きな女性への恋心をストレートにぶつける歌詞がファンに愛された。

 「君は僕の宝 こわしたくない なくしたくない―。好きな相手に一番言いたい言葉ですね。今まで絶対ない歌謡曲で絶対売れると思いました。発売前に浅草国際劇場で歌ったら大ウケ! 自然と客席から『チャチャチャ!』と手拍子が返って来た。そこから定番の振りになったんです」

 「バラが咲いた」「人生いろいろ」など多くのヒット曲を手掛けた浜口氏は、西郷を青春歌謡からポップ路線へ導いた恩師だった。

 「ジャズ喫茶でプレスリーを歌ってた時にスカウトされたのに青春ソングで売りたいと言われて嫌だったけど、デビュー曲『君だけを』が売れたから好きな曲が歌える、と。『黄色いさくらんぼ』とか和製ポップスを作った浜口先生に、僕の好きなポップス系をやらせて、とお願いしたんです」

 70年代以降は俳優としても活躍。歌手との両立に迷いを感じた時に励ましてくれたのも浜口氏だった。

 「周囲に『西郷は俳優だ』と言われて悩んでた時に先生の自宅にお邪魔したら『おまえは歌手だ。芝居は心に残るけど、歌は記憶に残るんだ。西郷は青山通りなんだ。変な演歌じゃなくてオシャレな路線を行け』と。吹っ切れましたね」

 同曲がモチーフの映画「遙かなる慕情 星のフラメンコ」に主演。楽曲も50万枚超えとヒットした。

 「売れ行きは出だしからすごかった。睡眠は2時間、移動の車で20分とか。売れたくて鹿児島から家出して上京したから、うれしかった。子供からお年寄りまで歌ってくれて、テレビに出ると日本中で隠れるところはない。デートできない? それなりにみんなやってたんじゃないかな(笑い)」

 橋幸夫(75)、舟木一夫(73)とともに「御三家」として爆発的な人気を集めた。

 「橋さんは股旅、舟木さんはムードもの、僕はリズム歌謡と三者三様でね。レコード会社も違うライバルだったからこそ相乗効果で伸びた。3人はまだまだ本当に元気だから、これからも切磋琢磨(せっさたくま)して歌っていきたい」

 紅白歌合戦では66年、73年に2度歌唱した。

 「どの出場者の曲と比べてもこの曲の特異さが際だって誇らしかった。客席の手拍子がすごくてね。あの神様・三波春夫さんに『西郷くん、君の決定盤だね』と言われてうれしかった」

 08年にはスペインの歌手がカバー。タモリ(72)のパロディー「肉のフラメンコ」などさまざまな広がりを見せた。

 「スキヤキ~だけど~肉がないのさ~ってね。あぁやってくれたら大ヒットでしょ。『笑っていいとも!』に出た時、『知ってるんですか?』『タモリさんの方が有名でしょ』と。実はカラオケで友達と1回歌ったことあって、大爆笑でした」

 発売52年。自身の代名詞として歌い続けてきた。

 「この曲は僕自身です。どこ行っても『フラメンコ歌え』と言われて嫌な時期があったけど、一生の財産をいただいた。しっかり歌い続けなきゃいけないね」

 6年前に前立腺がんを患い、全摘出手術を受けた。昨年11月には、がん再発を告白。抗がん剤治療をしながらパワフルに活動する。

 「50年も応援してくれるファンが一緒に年を取って、ライブで元気もらったと帰って行ってくれる。最後の1人が死ぬまでやって、みとってやりますよ。まだまだ死ねないですね」

 ■バラエティーも「どんどん出たい」

 西郷は、がん闘病を続けながら歌手活動に励んでいる。「仕事に合わせて治療してます。最近は抗がん剤も徐々に少なくなって、おかげさまで経過が良いです」。今年の上半期は治療に専念し、7~8月とディナーショー4公演で力強い歌声を届けた。「自信になりました。仕事に向けて体調を持っていくのが生きがい。ポジティブに物事を考えていくことが一番の薬だと思います」と笑顔を見せた。

 最近はバラエティー番組の出演オファーも相次ぎ、「出てるうちに楽しくなった。どんどん出たい」。長女・辺見えみり(41)、三女で女優の今川宇宙(いまがわ・うちゅう、21)らが活躍中で「どんどんみんな大きくなってほしい。娘同士の共演も見たい」と期待した。

 ◆西郷 輝彦(さいごう・てるひこ)1947年2月5日、鹿児島県生まれ。71歳。64年「君だけを」で歌手デビュー。同年日本レコード大賞新人賞、NHK紅白歌合戦に初出場(通算10回)。66年「星のフラメンコ」などヒット曲を連発。橋、舟木と「御三家」と称された。75~81年TBS系「江戸を斬る」(遠山金四郎役)など俳優として活躍。72年にタレント・辺見マリと結婚。女優・辺見えみりら2児をもうけたが、81年離婚。90年に元秘書の女性と再婚、3児をもうけた。

「ファン全員が死ぬまで歌って、みとってやりますよ」と笑い飛ばす西郷輝彦(カメラ・小泉 洋樹)
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