【G大阪】16位低迷ツネ様救って!長期政権任せた…クルピ監督は解任

昨年3月のJ3開幕戦でG大阪U―23の指揮を執る宮本監督
昨年3月のJ3開幕戦でG大阪U―23の指揮を執る宮本監督
02年日韓W杯メンバーの今
02年日韓W杯メンバーの今

 J1で16位と低迷するG大阪は23日、レヴィー・クルピ監督(65)を解任し、G大阪U―23監督を務めていた宮本恒靖氏(41)が新監督に就任すると発表した。クラブはこの日、クルピ解任と複数候補から宮本氏に監督オファーを出すことを決定。午前中に大阪市内のホテルでクルピ監督に解任を通達し、その後宮本氏と約5時間にわたる会談を行い、新監督就任が決定した。宮本監督は24日の練習から指揮を執り、28日の鹿島戦(パナスタ)が初陣となる。

 今季から就任したクルピ監督の下、攻撃的サッカーの構築を目指したが、シーズン半分を終了して浮上の目は見えず。山内隆司社長(61)は「流れを変えざるを得ないと、決断をした」と解任の理由を説明。そして宮本氏に就任要請をした理由を「ガンバのサッカーをやるには、ガンバを体現した人がやるのが一番ダイレクトで間違いない。この窮地に、彼がガンバへの愛を持って受けてくれた」と複数年契約で長期政権を任せる考えを示した。

 日本代表、G大阪、神戸で主将を務めた宮本氏。G大阪ではロシアW杯で日本代表を率いた西野朗監督の下、05年にリーグ初制覇を果たした。また日本代表が初めてベスト16に進出した02年の日韓W杯、鼻骨骨折を保護するフェースガードをつけてプレーする姿は“バットマン”と人気に。11年に神戸で引退するまで、頭脳派DFとしてプレーした。指導者としては17年から指揮を執るG大阪U―23で、攻撃的なスタイルのチームを作ってきた宮本監督。G大阪のレジェンドであり、日本サッカー史に残る“名キャプテン”が、J2降格の危機を救うべく立ち上がった。

 ◆宮本 恒靖(みやもと・つねやす)1977年2月7日、大阪・富田林市生まれ。41歳。G大阪ユースから95年にトップ昇格。2007~09年途中までオーストリアのザルツブルクでプレーし、09年に神戸移籍。11年に現役引退し、国際サッカー連盟(FIFA)がスイスのスポーツ教育機関と合同で運営する大学院「FIFAマスター」を卒業。15年にG大阪のアカデミーコーチに就任し、16年はユース監督、17年からU―23監督。J1通算337試合8得点。日本代表71試合3得点。02、06年W杯日本代表。

昨年3月のJ3開幕戦でG大阪U―23の指揮を執る宮本監督
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