試練を乗り越えた巨人・菅野 その眼差しの先にあるもの

キャッチボールの最中、前を見つめる菅野
キャッチボールの最中、前を見つめる菅野
オレンジ色に染まるスタンドを前に、東京ドームのグラウンドに立つ菅野
オレンジ色に染まるスタンドを前に、東京ドームのグラウンドに立つ菅野

 ぼくはカメラマンだから、こう思うのかもしれない。菅野智之(28)=巨人=の魅力は何か。そう問われれば、透明な眼差しだと答える。

 150キロを超すストレートと多彩な変化球。すべてが高次元のボールで、それをコーナーに投げ分ける。投手としての能力は、疑う余地がない。でも、ルーキー時代から彼を撮影してきていつも惹かれるのは、その真っ直ぐな眼差しだ。

 日々の積み重ねの中にこそ、成長はあると菅野は信じる。だから、全力を尽くす。ランニングでは、コーチの設定より速いタイムを自分に課して取り組む。巨人の伊藤博トレーニングコーチ(52)はこう証言する。「練習の意図、自分にとって何が必要なのか、どうすれば効果が上がるのかを常に考えているし、手を抜かない。意識の高さは投手陣の中で間違いなくナンバーワン」。

 自宅に帰ってからもボールを握り、感覚を養う。ベッドにあおむけになり、投球のイメージを膨らませながらボールを投げ上げているうちに力が入り、天井に穴を開けてしまったこともある。

 昨季は17勝5敗、防御率1・59の圧巻の成績で沢村賞を獲得。それでも、今オフ、更なる高みを目指して新球・高速シンカーに挑戦した。「ぼくは、このままでいいと思ってしまうことが一番怖い」。そう話す菅野の視線の先にはいつも、超えるべき透明なハードルが見えている。彼の眼差しはそうやって研ぎ澄まされてきたのだろう。

 菅野にとって、今季のスタートは野球人生最大級の試練だったかもしれない。開幕の阪神戦、2戦目のヤクルト戦をともに5失点で連敗。シンカーを覚えたことで投球の際の左肩の開きが早くなったとも、右肘が下がったとも言われた。でも、昨年の好調時と今年の開幕戦の写真を何度見比べても、そのような変化は確認できなかった。それより、リリースの時の腰の位置がわずかに高かった。責任感の強い菅野はそれも自分の実力と背負い込むだろうが、コンディションが良くなかったのは明らかだった。

 ハワイ自主トレからキャンプ、オープン戦を通して2か月以上大切に育ててきたボールに思い入れがないはずがない。でも、状態を上げていく過程で、新球をコントロールする負担を抱えるのは難しい。優先させたのは個人の感情より、日本一を目指してチームを引っ張る覚悟。シンカーを封印し、従来の持ち球であるフォークボールに切り替えることを決断した。

 挑戦することには、リスクが伴う。それでも「帰れる場所があれば大丈夫だと思うんですよ」と菅野は言う。浮上のきっかけは特別な何か、ではなく原点。キャッチボールで投球の基本となる直球のキレや細かい制球を丁寧に確認した。体調に合わせて練習メニューを変えるなどして体の回復も図った。

 宇宙開発をはじめ、様々な事業を展開する実業家の「ホリエモン」こと堀江貴文氏(45)は以前、テレビの中でこう話していた。なんでも全力でやる。それに慣れて、新しいことに挑戦することにも慣れる。そうしていれば、自分が想定もしていないようなことが起こったとしても、それに対応できるのだ、と。

 菅野にもその強さがあった。想定外の不調の中で支えになったのは、今までの自分自身。自らで考え、全力で練習に取り組んできたからこそ、自分の体を知り、その効果的な使い方がわかる。道に迷っても原点に戻れる。

 開幕2連敗後の8戦は64イニングを投げて6勝1敗、防御率1・13と驚異的な数字が並ぶ(6月5日現在。今季通算は6勝3敗、防御率1・99)。5月のDeNAとの対戦では筒香嘉智(26)を154キロのストレートで空振りの三振に抑えるなど、球威は間違いなく上がった。

 新球に挑戦したことによって手にした新たな感覚で操るボールは、目指した軌道に近づいてきた。以前と違い、フォークボールは、ややシュートしながら沈むようになった。「シンカーを投げていたときの感覚が体に残っているから」と菅野は分析するが、左打者から遠ざかるように変化するから空振りを奪える。今季を戦う上で大きな武器となっている。

 そして、心を救ってくれる出来事もあった。4月13日の広島戦で今季初勝利。その翌日だった。東京ドームを訪れていた前日本代表監督の小久保裕紀氏(46)と対面した。

「よかったな、智之」

 投げかけられた言葉は、前日の白星に向けられた祝福だと思った。でも、昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を共に戦った恩師の真意は違った。

 「おまえ、本当にいい経験したな。これで、もっとすごいピッチャーになれるな」

 胸が熱くなった。挑戦を重ねてきたから、今の自分がある。引き返す道の中には意味だって、収穫だってあった。後悔はない。でも、苦しかった。押し殺した悔しさもある。それを分かって包んでくれる言葉が、心に響いた。

「また、頑張ろう」。そう思えた。前を向いた菅野の眼差しは、さらに透明度を増した。(記者コラム・矢口 亨)

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