【巨人】上原、独占激白!プロ20年目、今でも「我慢」と「雑草魂」

躍動感あふれるフォームで、ステップを取り入れたキャッチボールをする上原(カメラ・関口 俊明)
躍動感あふれるフォームで、ステップを取り入れたキャッチボールをする上原(カメラ・関口 俊明)
色紙に「我慢」としたためた上原
色紙に「我慢」としたためた上原

 カブスからFAとなり、巨人に10年ぶりに復帰した上原浩治投手(42)が16日、スポーツ報知の単独インタビューに応じた。ルーキー時代の99年に流行語大賞になった「雑草魂」の精神は、プロ20年目の今でも不変と強調。飽くなき向上心を口にし「24時間野球漬け」の生活ぶりを明かした。大切にしている言葉に「我慢」も掲げ、同学年の由伸監督の胴上げへ、全力を尽くす決意を示した。(取材・構成=片岡 優帆、玉寄 穂波)

 9日に入団会見、10日からG球場で2軍練習に合流して1週間。上原はブルペン、フリー打撃登板と調整を順調に進めている。今の心境は。

 「離れていたぶん、9年間で間違いなく日本野球のレベルも上がっている。不安のほうが大きい。ホンマに通用するのかなと」

 これまで、どんな状況でも強い精神力で結果を残してきた。20勝したプロ1年目の99年に流行語大賞となった「雑草魂」は、輝かしい実績を残しても不変だ。

 「その気持ちはもちろん持っています。負けたくない、というのはみんなが持っているわけですから」

 08年までは巨人で先発もリリーフも経験。40歳を超えてもメジャーの第一線でリリーフとして活躍した裏には、24時間野球中心の生活を送った努力がある。

 「毎日出番があるかもしれないので、前日に悪ふざけじゃないですけど、そういうこともすることはなくなった。本当にアメリカの9年間は球場とホテルの往復だけだった。向こうに行ってからの方が生活は規則正しくなったかなと。本当にサラリーマンでしたね」

 遠征が多いメジャー生活でも、外食を楽しもうと思ったことはないという。

 「球場にあるものを食べるしかなかった。外食するとしても休みの日くらい。外食しようという気もサラサラないから、球場にあるものをどうバランス良く取るかを考えてやっていた」

 心、技、体。上原は序列をつけず、全てが同等に大切と考える。節制で徹底した体調管理をしながら、技術向上にも貪欲。伝家の宝刀・スプリットは、今もさらなる進化を探っている。

 「心技体で一つだと僕は思っている。一つでも欠ければ結果は出ない。スプリットはどこまでも追求したい。何でもそうですが、引退する時が自分のマックスだと思う。それまでは上を目指してやりますからね」

 スライダー気味、シュート気味と複数の落ちる軌道を操るスプリットのキレは健在。今季も威力を発揮するだろう。得意球とするまでの背景にあった原点、大先輩の助言を思い返した。

 「僕は元々スライダーピッチャーだった。でも1個覚えると1個忘れるタイプで、フォークを覚えたらスライダーの投げ方を忘れてしまった。(00年に)工藤さん(公康=ソフトバンク監督)がジャイアンツに来られて『球種を増やしたいのですが、どうしたらいいですか』と聞いたら『持っているフォークをもっと磨きなさい』と言われて。フォークをすごく練習したのを思い出しますね」

 10年間在籍した巨人で培ったものは、野球人・上原の中で生き続ける。もう一つ、先輩にもらって大切にする言葉がある。「我慢」だ。昨年は首を痛めて故障者リスト入り。巨人時代から何度も下半身をけがしながら、どんなにつらくても耐えてきた。今季も、何が起きても我慢する覚悟だ。

 「我慢、ですね。村田真一さん(現巨人ヘッド兼バッテリーコーチ)から頂いた言葉で、村田さんが(01年に)引退する時にキャッチャーミットに『我慢』と書いて僕にくれた。今も(自宅の)見えるところに飾っている。『良いときも悪い時も、我慢というのを常に考えてやれ』と言われて。そこから自分のグラブにも(刺しゅうで)入れています」

 長年プレーすれば良い時ばかりではない。たとえ逆境でも、前向きに乗り越えてきた。10年ぶりの巨人復帰となる今季、後ろを振り返らず目の前の1球、1試合に全力を尽くす覚悟だ。

 「日本一どうこうより、まずは目先の目標を作らないといけない。もう引退間際というか近いですが、とにかく一生懸命やりたい」

 ◆米国の長男へ「野球やっている姿を見せたい」

 上原の日本復帰の決断の理由の一つは、長男・一真くん(11)の存在だ。「今やったら、子どもの間違いなく記憶に残るだろうから、野球やっている姿を見せたいというのもありますし」。Rソックス時代の13年にリーグ優勝決定シリーズのMVPに輝き、試合後の表彰式に親子で登壇。一真くんは、英語ですらすらと受け答えし、全米のハートをわしづかみにした。

 一真くんは06年に誕生したため、上原の巨人時代の記憶はないに等しい。日本行きを告げた時は「あっそう」というクールな反応だったという。米国での生活の方が長いため、今後は日本と米国で離れて暮らすことになる。「とにかく一生懸命やっているのを見せたい。子どもも何かそこで感じるものがあればいいかなと思います」。父のマウンドで戦う姿は海を渡って必ず息子の心に届くはずだ。(取材後記 巨人担当・玉寄 穂波)

 ◆「雑草魂」とは 上原は東海大仰星高で控え投手、1年間浪人して一般受験で大体大に進学。苦節を乗り越えた野球人生を表す言葉として「踏まれて強くなる」という意味で座右の銘にしている。「雑草魂」を胸に掲げ1年目の99年は20勝。同年の流行語大賞も受賞した。

 ◆上原 浩治(うえはら・こうじ)1975年4月3日、大阪・寝屋川市生まれ。42歳。東海大仰星高から1浪して大体大。98年ドラフト1位で巨人に入団し、99年20勝で新人王。最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞を各2度受賞。09年にFAでオリオールズへ。その後レンジャーズ、Rソックス、カブスでプレー。13年Rソックスで世界一。日本通算276登板、112勝62敗33セーブ、米国通算436登板、22勝26敗95セーブ。188センチ、88キロ。右投右打。既婚。

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