芝草宇宙氏、「王者帝京」復活へ恩返し 母校の外部コーチに就任

前田監督(右)が見守る中、投手に指導する芝草氏(中)
前田監督(右)が見守る中、投手に指導する芝草氏(中)
前田監督と握手を交わす芝草氏(左)
前田監督と握手を交わす芝草氏(左)

 春夏通算3度の甲子園優勝を誇る名門・帝京(東京)に、大物コーチが誕生した。同校OBで、87年夏の甲子園ではノーヒットノーランも達成した元日本ハム投手の芝草宇宙氏(48)だ。アマスカウトを務めていた日本ハムを昨年限りで退団し、外部コーチとして2月下旬から指導を開始。11年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている母校に帰ってきた理由、恩師・前田三夫監督(68)との知られざるエピソードなどを語った。(聞き手・片岡 泰彦)

 ―外部コーチ就任の経緯は?

 「昨年末に、日本ハムを退団することを前田監督に報告した時に声をかけていただきました。僕は帝京、そして前田監督に育ててもらった人間。思いきり恩返しがしたいという、その思いだけで引き受けさせていただきました」

 ―昨年まではアマスカウトとして活動。母校の低迷を身近でどう見ていたのか。

 「仕事として、春夏の甲子園には必ず行くじゃないですか。その時に、甲子園で帝京が見たいな、とはいつも思ってましたね」

 ―2月26日に初指導。選手たちにはどういう話を?

 「『帝京は甲子園に出るだけじゃなくて、甲子園で優勝を狙ってるチーム。みんながその目標に向かって、自分たちのレベルを上げてほしい』という話はさせてもらいました。僕もそういう気持ちでいます」

 ―今の選手のレベルは?

 「正直、物足りなさはかなりあります。みんな、いいものを持って入って来ていて、体つきもいいし、動きもいい。ただ、それをピッチングに生かし切れてない。技術だけでなく、メンタル面も非常に大きいと思うので、それらを全部含めて指導していきたいです」

 ―指導のペースは?

 「これから監督とも話していきますが、中途半端にはしたくないという気持ちが強いです。やるからにはしっかりと責任を持って見ていきたい。最低でも週に1回は来たいし、それプラスアルファで来られる時に来るという形にしないと、成長過程を把握していくのは難しいと思うので」

 ―甲子園から6年以上も遠ざかっている。選手たちは、かつての「勝って当たり前」という気持ちが薄れているのでは?

 「そうですね。僕の経験なども生かしながら、気持ちの面でしっかりしたものをつけていきたいです。王者・帝京というプライドはいつまでも忘れたくないのでね」

 ―プロで活躍する投手を育てていきたい?

 「もちろん、そういうスケールの大きな投手を育てたいです。ただ、その中で、投げる以外の細かい部分もある。それが強い帝京を復活させる要素のひとつだと思っています。監督に任された以上、今までできてない部分を必ずよくするという自信というのはあります」

 ―エース右腕・松沢海渡(新3年)は、期待され続けながら最終学年を迎える。

 「結果でしか見てませんが、接戦で最後に競り負けたり、大きく崩れたりしている。ただ、しっかり抑えられる時は抑えられている。そこで崩れる理由というのを、本人とも話しながらやっていきたいですね。彼をどう育てていくかというのは、この夏を勝つために大きなところかなと思います」

 ―一方で、新戦力の発掘にも期待はかかる。

 「僕も経験してますけど、エース1人だけだと、夏を勝ち抜くのはなかなか難しい。みんなに競争させて、個人個人をレベルアップさせていけば、今までチャンスがなかった投手からでも、何人か出てきてくれるんじゃないかと思ってます」

 ―高校時代、一番印象に残っている前田監督の教えは?

 「すごく厳しくやってもらいました。最後の夏の大会前も、かなり厳しいことを言われて、どん底まで落とされまして…。『もうダメだな』って諦めかけた時に、直接言われたわけではないんですけど『芝草がいないと甲子園で勝てない』という言葉が伝わってきたんです。そこで『よし、やってやろうじゃないか!』という気持ちにさせていただいたことは、今でも強く心に残っています」

 ―見事な人身掌握術だ。ただ「期待している」と声をかけられるよりも、一度落とされてからの言葉の方が心に響く。

 「自分でも、何でこんなに大きく変化するんだろうって思いながら投げてました。監督には、今でも『お前を鍛えるのはすごく大変だったわあ』って言われますけど(笑い)。ただ、そうした指導のおかげで精神的な弱さを克服して、マウンドで自分の力が発揮できるようになりました。そうしていただいたことは忘れてないし、僕もそういった指導を後輩たちにしていければと思っています」

 ◆芝草 宇宙(しばくさ・ひろし)1969年8月18日、埼玉・所沢市生まれ。48歳。帝京では2年春、3年春夏と甲子園に計3度出場。3年時はエースとして春8強、夏4強。3年夏の2回戦(対東北)で大会史上20人目のノーヒットノーランも記録した。87年ドラフト6位で日本ハム入団。先発、中継ぎとして活躍し、06年にソフトバンク移籍。07年途中に台湾・興農ブルズで現役引退。11~12年は日本ハム1軍投手コーチ、13~17年は日本ハムのアマスカウト。通算430登板で46勝56敗17セーブ、防御率4・24。右投左打。

 恩師・前田監督が明かす秘話

87年にはエースとして春夏連続で甲子園に出場した芝草氏。春は8強入り、夏はノーヒットノーランを記録するなどして4強入り。帝京のレジェンド的存在だが、名将・前田監督は意外な事実を明かした。

 「彼は1回、入部を断ってるんですよ。非常に体が細くて、気が小さい感じだったので、無理だろうということでね」

 当時はグラウンドが狭かったこともあり、「どうしようもないのは断っていた」。しかも、芝草氏は一人っ子。前田監督は「一人っ子は精神力が弱い」が持論だった。

 「冗談半分で『だったら親元から離せ』と言ったら、本当に祖父母と一緒に学校の近くに引っ越してきた。それで、ボールの回転はよかったから何とかなるかな、ということで入部を認めたんです。その代わり、相当厳しくやりましたよ」

 何度も罵声を浴びせ、他の部員が練習を終えて引き揚げていく中、1人だけグラウンドを走らせ続けた。帝京伝統の“食トレ”も経て、精神的にも肉体的にも別人のような成長を遂げた。

 「僕と一緒に食の訓練もしてプロまで行った。精神、技術、肉体。あらゆる面で見ても、帝京が育て上げた代表選手ですよ」

 秘蔵っ子とともに、今夏は7年ぶりの甲子園出場を狙う。

前田監督(右)が見守る中、投手に指導する芝草氏(中)
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