【王手報知】佐藤七段、カツラは「僕のかわいいペット」 生中継で披露し大反響

カツラを脱ぐ佐藤紳哉七段
カツラを脱ぐ佐藤紳哉七段

 唯一無二の「カツラ芸」で将棋ファンの心をつかんで離さない棋士がいる。テレビ、イベント出演時にカツラを着脱して爆笑を誘う佐藤紳哉七段(40)は「カツラは僕にとって小道具であり、かわいいペットであり、分身です。個性的でトリッキー。将棋で言えば桂馬です」と笑う。空前の将棋ブームの中でも異彩を放つ存在感。カツラへの並々ならぬ思いを初めて激白した。

 カツラ伝説が生まれたのは2017年6月26日だった。藤井聡太四段(当時)が史上最多の29連勝を記録する瞬間を迎える前、AbemaTVでの生中継でのことだ。

 解説を担当していた佐藤は、盤上の桂馬について語りながら自らの頭部をつかむと「けいま? かつら? カツラッ♪ カツラッ♪ カツラが跳びました~!」と放り投げた。将棋界の共有エンターテインメントだった「紳哉のカツラ芸」は初めて目撃する多数の視聴者によって市民権を得て、大反響を巻き起こした。「カツラは僕にとって小道具であり、かわいいペットであり、分身です。個性が表れるし、トリッキー。将棋で言えば桂馬です。僕、棋士としても桂馬がいちばん好きな駒なんです。意外性がありますから」

 奨励会で棋士を目指した10代は、サラサラヘアのさわやかイケメンだった。「20歳で四段(棋士)になった時は『歌って踊れるアイドル棋士』を目指してました。誰も持ち上げてはくれませんでしたが…自分ではイケると思ってたんです」

 異変が起きたのは22歳の春。「もともとおデコは広かったんですけど、朝起きると枕に髪がビッシリつくようになりまして…ヤバイな…たしかに父方も母方も…だけど、ちょっと早過ぎやしないか?と」。当時発売された発毛剤に望みを託すも、効果なし。「最初はパーマをかけてごまかしてたんですけど、パーマって髪が傷むんですよね。で、抜ける。さらにパーマでごまかす。で、傷む…の悪循環に…」。25歳になる時は「スカスカ」になっていた。

 すっかり頭頂部がさみしくなった29歳の頃、カツラ購入を決断した。イベントでの小道具に使えると読んだからだ。「最初は大仏のお面をかぶって出てきたりしてたんですけどスベりまくりで…。面白いことを言って笑わせるのもできないと思ったので、カツラをかぶって脱いだら面白いじゃないかと思ったんです。葛藤は…。目立ちたい一心で克服しました」。当然、いつでもどこでも爆発的に大ウケ。今日に至る。

 現在は黒、茶、金など微妙な色合いに分けて約15個を所有している。「安いものでは5000円くらいのもあります。ネットとかでつい買っちゃうんですよ…。見る人が見ると安っぽく見えるらしいです。オーダーメイドとか高価なものも欲しいんですけど、着脱が大変らしいので」。脱ぐことが前提に購入を決めている。

 ふざけて笑わせるだけじゃない。佐藤にはひとつの思いがある。「カツラの方から『勇気が出た』『気持ちが明るくなった』『自分も芸にしてみたい』というお声をたくさんいただくんです。とってもうれしいですよ」。隠すべきもの、恥ずべきものともみられがちなグッズを、少しプラスに転化する芸でもある。

 2014年、村山慈明七段(33)の結婚式の2次会で同じテーブルに同席した女性と意気投合。翌年、結婚した。「知り合った後、僕のカツラの動画とか見てくれて笑ってくれたんです」。カツラには、人と人の心をつなぐトリッキーな魔法があるらしい。(北野 新太)

 ◆佐藤 紳哉(さとう・しんや)1977年8月29日、神奈川県相模原市生まれ。40歳。安恵照剛八段門下。父に教わり、6歳で将棋を始める。90年、奨励会入会。97年、四段(棋士)昇段。2006年、将棋大賞で勝率1位賞(.787)、新人賞受賞。棋士ユニット「SSF(佐藤紳哉ファミリー)」を率いる。キャッチフレーズは「砂糖のように甘い言葉で深夜に君を寝かさない」。

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