小池唯夫さん、激動のパ・リーグを支えた「ステキなおじさん」だった

パ・リーグ会長時代の小池唯夫さん。激動の時代をダンディーに乗り切った
パ・リーグ会長時代の小池唯夫さん。激動の時代をダンディーに乗り切った

 「激動の時代」。小池唯夫さんがパ・リーグ会長を務めた01~08年までは、この表現がピッタリだった。04年には日本ハムが札幌へ移転、立て続けに球界再編問題が起き、プレーオフや交流戦の導入といった、今につながる画期的な改革が在任時になされた。

 毎日新聞社時代は政治記者などとして活躍し、社長、会長を歴任。パ会長就任当時は人気面でセの後じんを拝していたこともあり、メディア対策や交流戦の実現をマニフェストとして掲げた。「パ・リーグを少しでもメディアにのせるため、宣伝の先頭に立ちたい」と尽力した結果が、今のパの盛り上がりの礎になった。

 マスコミ出身らしく、記者を大切にするのがモットー。顔見知りの新聞記者だけでなく、週刊誌の一見(いちげん)の記者とも膝をつき合わせて話をした。職員にも気さくに接し、時間が許せば当時、パの事務局があった銀座周辺でランチをともにした。

 ロマンスグレーの髪で、穏やかな風貌。職員から見た小池さんはひとことで言って「ステキなおじさん」だった。仕事を離れれば俳句をたしなみ、クラシック音楽を愛した趣味人。球界再編の時期も、周囲には一切、その苦悩や疲労感を見せたことはなかった。あくまでダンディーに、荒波を乗り切ったのだ。

(太田 倫)

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請