【巨人】ドラ6若林の恩師・土屋監督が由伸監督との3つの共通点語る

桐蔭学園時代の高橋由伸
桐蔭学園時代の高橋由伸
恩師・土屋恵三郎監督(右)と若林
恩師・土屋恵三郎監督(右)と若林

 巨人のドラフト6位ルーキー・若林晃弘内野手(24)=JX―ENEOS=が20日、桐蔭学園(神奈川)時代に由伸監督を指導した星槎国際湘南の土屋恵三郎監督(64)から“由伸ロード”を突き進むことを指令された。同じ桐蔭学園OBの若林はこの日、恩師の元へあいさつに訪れた。名将は、まな弟子2人の共通項に〈1〉積極性〈2〉練習量〈3〉甘いマスク―の3点を挙げ、「晃弘なら問題ないでしょう」とプロでの活躍に太鼓判を押した。

 青春時代、厳しくも温かい指導を受けた恩師との対面。自然と若林の背筋が伸びた。神奈川・大磯町にある星槎国際湘南の野球部グラウンド。土屋監督はそんな教え子を優しく迎えた。

 「晃弘なら問題ない。即戦力で巨人を変えてほしい。新しい風を吹かして、由伸巨人の優勝に貢献してほしい」。若林の新たな指揮官も、土屋監督のまな弟子だ。由伸監督と若林―。名将は3つの共通点を挙げた。

 《1》積極性 現役時代の由伸監督はけがを恐れない積極的なプレーでファンを魅了した。若林も野球に対してはとことんストイック。高校時代は同級生の楽天・茂木にライバル心を燃やしていた。「積極的にプレーして、アピールすれば晃弘は大丈夫」

 《2》練習量 由伸監督は桐蔭学園時代、練習の虫だったという。「放っておいても練習していた。みんなは天才と言うけど、見えないところで毎日一人でバットを振っていた。成績は努力の積み重ねによるものだよね」。若林も高校時代、真面目に黙々と己を鍛えていたという。「常に全力で練習熱心だったよ」

 《3》甘いマスク 端正な顔立ちで女性ファンから絶大な人気を誇っていた由伸監督。若林も180センチの身長に小顔で高い鼻と、キリッとした目の持ち主だ。「歌舞伎俳優みたい。彼が活躍したら、一人で5000人は呼べる」と大予言した。

多いライバル 若林はこの日、同校の野球部員にあいさつ。熱烈な応援を受けた。「期待してくださる人がいることも、プロで活躍したいと思った理由です。ありがたい」。巨人の内野陣は三塁を担ってきた村田が退団するなど、若返りに力を入れる。吉川尚、山本、さらにはドラフト5位の田中俊=日立製作所=らライバルは多い。キャンプで1軍スタートを切るため、現在は77キロから理想の82キロまで徐々に体重を増やし、戦いに備える。「チームの筆頭に立ち、若手が出てきたと思われるように頑張りたい」と若林。偉大な先輩の背中を追う。(玉寄 穂波)

 ◆若林晃弘(わかばやし・あきひろ)

 ▼生まれとサイズ 1993年8月26日、東京・中野区生まれ。24歳。180センチ、77キロ。右投両打。

 ▼球歴 元大洋外野手の父・憲一さんの影響で野球を始めた小1からスイッチヒッター。桐蔭学園から法大を経てJX―ENEOSに進み、今年のBFAアジア選手権で社会人日本代表として優勝に貢献。17年ドラフト6位で巨人入団。

 ▼ユーティリティープレーヤー 本職は二塁だが内、外野どこでも守ることができる。桐蔭学園時代は遊撃手。法大では外野と二塁、社会人は二塁と三塁、アジア選手権は一塁を守った。

 ▼ライバル 楽天・茂木は高校の同級生。2人でクリーンアップを形成した。頻繁に連絡を取り合う仲だがライバルとして刺激も受ける。「彼に負けないようにやらないといけない」

 ▼研究熱心 YouTubeなどで、いろいろな野球選手の動画を見て研究することが好き。ヤクルト・山田の打撃などを参考にしている。

 ◆由伸監督の桐蔭学園時代 投手として入学したが、強肩強打に着目した土屋監督から右翼へのコンバートを打診され、1年夏には「3番・右翼」として甲子園出場。3回戦では鹿児島実にサヨナラ負けも、3試合で14打数6安打の打率4割2分9厘と活躍した。2年夏の甲子園にも「4番・右翼」で出場。開幕戦の沖縄尚学戦では4回の本塁突入時に負傷したが、8回からは救援登板。延長12回、サヨナラ負けした。2年秋からは主将を務めた。

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