86歳・筒井康隆さんの最新短編集「ジャックポット」発売即重版…昨年急逝の一人息子との夢の中での再会描く「川のほとり」が文壇の話題に

最新短編集「ジャックポット」について大いに語った筒井康隆さん(C)新潮社写真部

 作家デビュー62年目を迎えた筒井康隆さん(86)の最新作「ジャックポット」(新潮社刊)が文壇の注目を集めている。収められた14本の短編は言葉の洪水が続く超実験小説「漸然山脈」から自身の20歳からの世相をノスタルジックに振り返る「一九五五年二十歳」など名編ぞろい。中でも評判なのが、昨年2月に急逝した長男で画家の筒井伸輔氏(享年51)との夢の中での再会をつづった私小説的作品「川のほとり」。日本文学界の巨星が新刊に込めた思いを明かした。(中村 健吾)

 1月発売の文芸誌「新潮」2月号に掲載された途端、あらゆる文学関係者が泣いたと評判になった作品が短編集の最後に収録されている「川のほとり」。昨年2月、食道がんのため、51歳の若さでなくなった一人息子・伸輔さんのことを書いた私小説的作品だ。

 「川のほとり」で主人公の小説家「おれ」は亡くなって間もない息子「伸輔」と再会する。「おれ」はこの再会が自分の夢であることを知ってはいるものの、息子と静かに語り続ける。話が終わったら、その瞬間、夢が覚めてしまうから―。

 筒井さんは収録作「一九五五年二十歳」のラストでも「なんとおれは八十五歳になった。二十歳のおれは、やがて作家になり、こんなに長生きするとは思ってもいず、まして息子が五十一歳の若さで死んでしまうなどとは夢にも思っていなかったのである」と伸輔さんの死についてつづっている。

 SFの大家としては珍しい私小説的アプローチ。今作の装画も伸輔さんの作品が彩っていることについて、筒井さんは淡々と話す。

 「伸輔は皆から好かれていました。特に編集者とは交歓の席などで親しくしていましたし、画業でも多くの人に知られていました。(川のほとりは)あながち私小説的ではないと思います。今回の装丁も新潮社の方からのぜひにも、というお話で実現したもので装丁室の方にはただ感謝、感謝です」

 表題作「ジャックポット」は新型コロナとの闘いが続いた2020年という年と並走しながら描いた作品。

 「正直な話、あまりコロナを恐怖してはおりません。この年の一番の出来事はやはり筒井伸輔の死であり、それに比べたらコロナは『大当たりの年』の添え物みたいに思っています。怖がっているように書いたのはあくまで小説だからです」と静かに振り返る。

 冒頭3編の言葉の洪水、ある意味、言葉の暴走とも言える作品群は「バブリング創世記」「フル・ネルソン」など過去の名作を愛読してきた読者も驚がくする内容。86歳の今もこうした極北の作品を生み出す創作パワーは「枯淡の境地」とは全く真反対に見える。

 「『枯淡の境地』でもあり、自分のパワーを試す作品でもあると思います。通常のストーリー進行で書くのがかったるくなった、という意味では『枯淡』なのかもしれません。思いつく限りの言葉のギャグなどをぶち込んだという意味ではパワー全開かもしれませんが、ずいぶん長くかかっています」と率直に言う。

 2015年の「モナドの領域」刊行の際、「わが最高傑作にして、恐らくは最後の長編」と話したが、「ジャックポット」を読む限り、そのすごみは明らかにパワーアップ。多くの「ツツイスト」が次作を待望する中、今後の作品構想はどのくらい、あるのだろう。

 「長編はもう書きません、と言うか、書けなくなりました。この短編集は、短編としては長めのものばかりですが、それすらももう書けなくなり、十枚前後の掌編ばかり書いております。次は掌編集ということになりますが、今回の短編集に収録した『花魁櫛』と『川のほとり』も入れてもらおうと思っています。果たして一冊になるやらどうやら」

 収録作「ダークナイト・ミッドナイト」は、こんな一文で始まる。「老年の希望の星筒井康隆をやっております筒井康隆」―。国民的作家としての自身の現在地をどう捉えているのか。

 「自分の全体像などというものは絶対に分かりません。本の発行部数、執筆依頼の数、ファン倶楽部の会員数、日記のフォロワー数くらいから想像するしかありませんが、他の作家のことは分からないから比較にはなりません」。あくまで淡々と答えた上で「また、私が国民的作家でないのは明らかなことです。ですから、そんな自分に今までついてきてくれた愛読者にはただ感謝です。てなことを言うくらいには私も老化してまいりました。すみません。昔はもっと勇ましいことが言えたんですがね」。

 作家デビュー62年目を迎えた日本文学界の巨星は、ほほ笑みながら言葉を続けた。

 ◆筒井 康隆(つつい・やすたか)1934年(昭和9年)9月24日、大阪市生まれ。86歳。同志社大文学部卒業後の60年、家族で発行した同人誌「NULL」から短編「お助け」が江戸川乱歩によって「宝石」に転載され、作家デビュー。SF第一世代として「48億の妄想」「霊長類南へ」など話題作を書き続ける一方、ジュブナイル小説「時をかける少女」、実験小説「虚人たち」「残像に口紅を」などを発表。「虚人たち」で泉鏡花文学賞、「夢の木坂分岐点」で谷崎潤一郎賞、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、「朝のガスパール」で日本SF大賞、「わたしのグランパ」で読売文学賞など受賞多数。

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