「ホントですか!?」思わず二度聞きした吉報 新直木賞作家・西條奈加さん「人生は生きてみないと分からない」…受賞作「心淋し川」

直木賞を受賞した西條奈加さん(冨永智子氏撮影)

 作家の西條奈加さん(56)が新刊「心淋し川(うらさびしがわ)」(集英社、1760円)で第164回直木賞を受賞した。江戸の下町に暮らす人々の人生の哀歓を描いた連作短編集。もともと翻訳家志望で、時代小説は読んだこともなかった西條さんは「人生は生きてみないと分からないですね」と笑う。(北野 新太)

 選考会当日。編集者と一緒に結果を待っていた西條さんは、ビールグラスを傾けているうちに直木賞のことをちょっとだけ忘れた。「こんな状況ですからね、久しぶりに会って話が弾んで…。非常に楽しく呑(の)んでたら…」。そんな時、鳴り響いた着信音。「相手の声が沈んでいたので、あー落選の報告ですね、と思ったら、受賞と。『ええっ、ホントですか? ホントですか?』って思わず2度も聞いちゃいました」。酔いはさめた。

 受賞作は江戸の下町に流れる川の近くに生きる庶民たちの生活と人生を描いた連作短編集。少し地味で、滋味深い作品である。宮本輝のオムニバス小説「夢見通りの人々」(86年)を念頭に執筆した6編には、それぞれ異なる主人公が登場するが、独立せず緩やかに関わり合う。タイトル通り「心淋しい」空気感が温かい読後感をもたらす。「私も彼らと同じです。フリーランスですから、病気したら、たちまち生活が厳しくなる立場です。書きながら自分の中にわだかまっていた言葉がポロポロ出てきました」

 西條さん自身も、流れる川に身を任せるように生きてきた。少女時代、村岡花子訳の「赤毛のアン」に魅了され、翻訳家を志す。高校卒業後に上京して英語専門学校に通うも、速攻で挫折した。「英語力の問題もありましたけど、そもそも人の言葉を置き換えて書くことが自分には非常に難しかったんです。すぐ向いてないと分かりました。挫折ではありますけど、専門学校での生活がムチャクチャ楽しかったので全然良かったです」

 人の言葉を訳すのではなく、自分で書いた方が早いと気づいて小説に取り組み始めたのは30歳の頃。「でも、書いてみたらあまりにヘタでビックリして。ヘタなのは分かるんですけど、どうしたらうまくなるかが分からない。それから4、5年は放っておきました」

 デビューした時は40歳を過ぎていた。時代小説ではなく、近未来の日本に鎖国時の江戸が出現するSF小説だった。「もともと時代小説は書くどころか読んでもいなくて…。舞台設定は理解しにくいし、人物情景も古くさくてイラッときてました」

 イメージが一変したのは、宮部みゆきの「初ものがたり」(95年)と出会ってから。

 「こんなに面白いものがあったのか、というくらい物語にスポッと入って楽しく読めたんです。ホント、縁です。若い頃は読みもしなかった時代小説を書くことになるなんて…生きてみないと分からないですね。泣きながら資料を読み込んで、試験勉強のように一夜漬けで書いてきました。自分らしいなとは思います。(翻訳家を目指していた)次の角を曲がったら、いきなり走り出したようなもんですね」

 時代小説への入り口になる作品を書いてきた者として、アニメの大ファンとして、大正時代を舞台とする「鬼滅の刃」の人気をうれしく思っている。

 「鬼滅はアニメになる前の原作からのファンなんです。少年漫画の既定路線を、ちょっとだけ外しているところがすごく面白いです。好きなキャラクターは我妻善逸です。彼が出てくるとコメディーになるからホッとしますね~」

 いつか新しい小説のヒントになるのかもしれない。

 ◆「心淋し川」 江戸・千駄木町には小さくよどんだ心淋し川が流れている。川沿いの長屋に暮らす人々もまた人生という川の流れに行き詰まり、もがいていた。器量の悪い愛人を4人も囲った青物卸、捨てた女が好きだった歌を響かせる少女に声をかける男―。庶民の生きる喜びと悲しみを描いた6編。累計発行部数は16万部を突破。

直木賞受賞作「心淋し川」

 ◆西條 奈加(さいじょう・なか)1964年11月9日、北海道池田町生まれ。56歳。高校卒業後に上京。東京英語専門学校卒業後、会社員に。2005年に「金春屋ゴメス」で日本ファンタジーノべル大賞を受賞してデビュー。12年「涅槃(ねはん)の雪」で中山義秀文学賞。15年「まるまるの毬(いが)」で吉川英治文学新人賞。最も好きなアニメは「ルパン三世」の第1シリーズ(71~72年)。

すべての写真を見る 2枚

最新一覧