【新大関ばい 正代の原点】(下)時天空さん“嫌われる覚悟”で猛稽古

入門後の正代に稽古をつけた時天空さん

 初土俵から所要17場所、年6場所制となった1958年以降では2位タイ(幕下付け出しは除く)のスピードで新関脇に昇進した正代。それから3年半をかけて初賜杯を抱き、大関に昇進。優勝後には「入門して胸を出していただいた関取とか。そういう指導が自分の中で生きて今回の結果につながった」と、感謝を口にした。

 入門後は、時天空さん(故人)から猛稽古をつけてもらった。「今、厳しくしないと、正代のためにならない」。時天空さんは、嫌われる覚悟で胸を出した。悪性リンパ腫で闘病中には、病床で正代の相撲に声を出して応援していたという。

 幕内昇進後は稽古で、白鵬ら上位陣から指名されるのが定番。腰高の正代相手だと簡単に自分の体勢になれるのが理由で、“サンドバッグ”のようにコテンパンにされ、白鵬が出稽古に来る前日は「外出しないで体力を温存したい」とブルーになっていたという。だが、上位の力士に転がされるたびに、地力はついていった。

 3年前は「僕の場合は横綱になったとしても(猛稽古を)やられる気がする」と、らしさ全開だった。この日は「今まで以上に負けられない地位。責任も伴う地位なので、今まで以上に精進していけたら」と語った。時間をかけ、心身ともに成熟。ついに大相撲の看板力士となった。(大谷 翔太)=おわり=

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