「そこにいるだけで親分」…渡哲也さんの死で思い出したLAでの「世界のキタノ」の笑顔

まさに存在感の塊だった渡哲也さん

 昭和の大スターがまた一人、旅立った。呼吸器疾患で療養中だった俳優・渡哲也さんが10日午後6時30分、肺炎のため死去した。78歳だった。役柄通り、常に寡黙ながら存在感抜群だった大物の訃報を聞いた瞬間、私の記憶は20年前の米ロサンゼルスに飛んでいた。

 「渡さんはさ。そこにいるだけで親分なんだもん」―。

 2000年2月9日のLAの青空の下、ぽつりと、そうつぶやいて子どものような笑顔を見せたのは、1997年、「HANA―BI」でのベネチア映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞で、すでに世界的映画監督になっていた北野武(ビートたけし=73)だった。

 その時、私は「世界のキタノ」の監督作9作目「BROTHER」のロケが行われているLAに他紙の映画担当記者数人とともに招かれていた。

 同作は大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」も手がけたジェレミー・トーマス(71)が元オフィス北野社長の森昌行氏(67)とともにプロデューサーを務めた日英合作の超大作だった。日本を追われ、弟のいるLAに逃亡したヤクザ・山本(たけし)とその一味が地元マフィアとの血で血を洗う抗争の末、自滅していくバイオレンス大作。北野監督はユニオン(俳優組合)を中心とする本格的な米国流契約の元、長期間の現地ロケに臨んでいた。

 その前年の99年11月16日、都内で行われた「BROTHER」制作発表会見の場で北野監督は念願の渡さんの出演について、興奮した表情で、こう答えていた。

 「今回、日本(舞台)の部分で(ヤクザ組織の)親分というのが出てくるんですが、出てきた瞬間、『あっ、親分だ』という人はいないかなあと思って、渡さんを思いついて」と明かした後、「渡さんを正式に頼むとお金もかかるんで、裏からそっと、遊びにきませんかって。で、和服で遊びに来ませんかって。それで来たところを盗み撮りしちゃおうと。とにかく、頼み込んでワンシーン出てもらおうって。これから自分の映画に渡さんに関わってもらう、きっかけですね。とりあえず、今回はワンシーン出てもらいます」―。

 ギャグをふんだんにまじえながらも、5歳年上のスター俳優への尊敬の念から全て敬語で答えていたのを、くっきり覚えている。

 年が明けて、LAでのクライマックスシーンの撮影に招かれた私は山本の弟役・真木蔵人(47)、手下役の加藤雅也(57)、石橋凌(64)、13年に54歳で亡くなった元阪急投手のアニマル・レスリーさんらLAロケ参加のキャストの熱演を、じっと見つめていた。

 カット割りはすべて監督の頭の中で完成済み。米国でも変わらないワンカットで次々と撮影が進んでいく「北野組」の映画づくりを堪能していた私にLAの青空の下、北野監督がふと、つぶやいたのが、「参ったよ。渡さんはさ。そこにいるだけで親分なんだもん」という言葉だった。

 その言葉に一瞬、あっけにとられたが、ほとんど全てのシーンが一発撮り。高度な集中力が必要とされる「北野組」の撮影で質問することが許されるはずもなく、「やっぱり、渡さんの存在感は、たけしさんから見てもケタ外れなんだ」―。それだけを思った。

 そして、作品は完成。初号試写のスクリーンで見た渡さんの演技は想像をはるかに超えた「存在感の塊(かたまり)」だった。

 役柄は山本の組の上部組織で日本最大級の暴力団・仁政会を率いる大物親分。登場シーンは北野監督が予告したとおり一つだけだったが、その迫力は圧巻だった。

 それは山本を米国に逃がすため、恥を忍んで日本に残り、組を守った故・大杉漣さん演じる原田が総会の席で対立する組長から侮辱され、突如、腹を切るシーン。それまで温厚そのものの表情で場を眺めていた渡さんが修羅場になったとたん、原田を侮辱した組長を「けじめ、つけろ!」と、ド迫力の声で一喝。その場で指を詰めさせるシーンには、渡さんしか醸し出せない唯一無二の存在感が漂っていた。

 私は、そのシーンを見た後、森氏から北野監督がかねてから尊敬していた渡さんに懇願して、大物組長としての出演を承諾してもらったことを聞いた。渡さん自身も撮影の際はノリノリだったと言うが、ファーストカットで渡さんの顔をカット。首から下だけを映す大胆なカット割りに北野監督の真骨頂を見た気もした。

 その後も、私は北野作品最大の制作費とスケールで撮影された「BROTHER」とともに世界を旅した。その年の秋のベネチア映画祭の「アウト・オブ・コンペ」部門に正式招待された際には、山本が対立マフィアをマシンガンで皆殺しにした後の名ゼリフ「ファッキン・ジャップくらい分かるよ! バカヤロー」が満場の観客の大拍手を誘った感動の瞬間を体感。直後に興奮さめやらぬ北野監督に「歌舞伎の大見得みたいで大ウケでしたね?」と問いかけ、「そうだろ。大ウケだったよな」と、笑わせたことを覚えている。

 そして、あのLAの底抜けの青空の下での北野監督の笑顔から20年が経った。「BROTHER」でヤクザとしての誇りを守るため、切腹。腸をはみ出させ、引きずられながら退場するという凄惨な場面を演じて、抜群の存在感を見せた大杉さんは2年前、急性心不全で亡くなった。そして今、自身が出演を熱望し、ついに実現させた渡さんも亡くなった。

 「世界のキタノ」の心を覆う寂しさは、いかほどのものか―。私は今、その映画監督としての孤独について、じっと考えている。(記者コラム・中村 健吾)

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