舘ひろし、涙…11日に渡哲也さんのマネジャーを通じてあんパンの差し入れがあった

13年、石原裕次郎さんの墓参りに訪れた(左から)池田努、宮下裕次、神田正輝、石原まき子さん、渡哲也さん、舘ひろし、徳重聡、金児憲史

 渡哲也さんの悲報に芸能界にも大きなショックが広がった。まな弟子として公私ともに渡さんを支えた舘ひろし(70)は絶句し、涙。映画「愛と死の記録」をはじめ、昨年放送された宝酒造のCMでも共演した吉永小百合(75)は「大きな病気を何度も乗り越えてこられたのに残念です」とコメントを寄せた。

 背中を追い、憧れのまなざしを送り続けてきた渡さんとの別れに、舘は言葉を失った。関係者によると、14日午前、関係者から渡さんの訃報を知らされた舘は「静かに送ってほしい」という遺言があったことを聞き、「そうおっしゃっていたのであれば、私もそういたします」と故人の遺志を尊重したという。気丈に振る舞ってはいたものの、別の関係者によると涙を見せていたそうだ。

「西武警察」時代のショットガンを構える渡哲也さん(右)と舘ひろし

 11日には、新作映画を撮影している舘の仕事先に、渡さんのマネジャーを通じ、あんパンの差し入れがあった。この時点では親族以外には渡さんが亡くなっていたことは明らかになっておらず、舘は差し入れを喜び「渡さんは元気ですか?」と気遣っていたという。

 渡さんに憧れ、石原プロの門をたたいた舘。生意気だった若き舘の潜在能力を見抜き「ひろし、お前には華がある」と、俳優業への道を指し示してくれた師匠だった。「西部警察」では上司と部下の間柄を演じたが、のべ4500か所の日本縦断ロケを決行し、役柄以上の絆が残った。裕次郎さんの亡き後、2代目社長に就任した渡さんをビジネスの面でも支え、被災地に赴く石原プロ名物の炊き出しでは、1週間風呂も入らず寝袋で過ごし、汗をかきながら食事を提供し続けた。公私ともに、苦しみも喜びも分かち合ってきた。

石原プロモーション相関図

 先月17日、石原プロの来年1月での解散が発表された際には舘や神田正輝の独立報道も流れたが、舘は同21日に都内でイベントに登場した際、「自分が俳優をこうしてやっていられるのは、渡あってこそ。どんな形になろうと渡次第です」と生涯ついていくことを公言して憚(はばか)らなかった。渡さんのストイックな人柄は所属俳優全員から慕われており、石原プロの大きな柱だっただけに、影響は計り知れない。舘をはじめとする“石原軍団”の今後については未定だが、渡さんとの別れを機に、自分の生きる道を改めて考え直すことになりそうだ。

石原プロモーション仕事始め。(左から)神田正輝、渡哲也さん、館ひろし

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