「二刀流」五輪メダリスト登場でマイアミの奇跡が面白い!

マーリンズのエディ・アルバレス二塁手(AP)

 いるはずのない観客がスタンドで声援を送る。沸き起こる拍手やウォーといった歓声、応援の効果音なども絶妙なタイミングで響き渡る。メジャーリーグ中継の解説者としても視聴者としても、今さらながらテクノロジーの進歩を再認識する。

 しかし、これはリアルである。マイアミ・マーリンズ、7勝2敗の開幕ダッシュのことだ。誰が予想、想像しただろうか。60試合の異例なシーズン。162試合で換算すると18勝6敗というとんでもないスタートを切ったことになる。あくまで計算上の成績だが、7勝3敗は紛れもないリアル、である。

 昨年は105敗。2年連続リーグ最低成績。今年も戦力不足は否めず、下馬評は最下位。メジャーの顔だったデレク・ジーターが3年前、CEO(経営最高責任者)として経営に乗り出して以降、チームを解体するような大リストラを断行。主力を放出して有望若手を獲得するという方法で再建中であることからコンテンダー(有力チーム)になるまでには時間がかかるとみられているチームである。

 しかも、この明らかな戦力不足に加えてコロナが直撃。クラスター(集団感染)が発生したのである。24日からのフィリーズとの開幕3連戦を敵地フィラデルフィアで戦っているさなかにチーム内で感染を疑われる者が出て、結局そのカードが終わると10人を超える選手、スタッフの感染が判明。その後は、ほとんどパニック状態だ。27日にはその数が18名と発表され、8月4日時点の選手移動では、登録30人の半数以上にあたる17人の選手がIL(負傷者リスト)入りし、急きょ選手がかき集められた。60人のメジャー名簿からの昇格、トレードの仕掛け、FAのチェック。そうやって現在のベンチ入り28人のベンチ入りメンバーを何とか確保した。

 延期に次ぐ延期で試合は7日連続できなかったが、再開すると投手陣の頑張り、接戦をものにする勝負強さを発揮して奇跡のような進撃をしていくのである。そして、奇跡の男も登場するのだ。エディ・アルバレス二塁手、30歳。本来なら昇格が難しいとみられる、かき集められた選手のひとりだ。6年間のマイナー暮らし(581試合、通算2割7分8厘、40ホーマー、264打点)のオールドルーキー。これだけでは珍しくもないが、この選手を奇跡の男と呼びたくなるのは、何と五輪の銀メダリストであるからだ。14年のソチ五輪、ショートトラック5000メートルリレーのアメリカ代表チームの一員。

 つまり、「二刀流」なのだ。ちなみに、これは1912年ストックホルム五輪で陸上十種、五種で金メダルに輝いた伝説のジム・ソープ以来、2人目の快挙だ。

 「球団から連絡が入ったあと、5ブロック先にある両親の家に行って窓ガラスを叩いて知らせた。『やったよ』って、彼らに向かって叫んだ。電話やメールじゃなくて、直接伝えて喜びを分かち合いたかった」とアルバレス。

 キューバ出身の両親のもと、マイアミで育った。「野球は生まれながら。物心つく前からやっていた。僕の本当の情熱は野球にある。スケートは5歳のときにローラーブレードをプレゼントされたことがきっかけで、アイスの方もやるようになった。でも、スケートはあくまでも短期的なゴールだった」。

  8月5日の対オリオールズでメジャーデビュー。守っては強烈なライナーを見事なジャンプで掴み取るファインプレーをみせたもののデビュー3試合無安打だったが、9日のメッツ戦で初安打すると、その試合で3安打の固め打ちを披露した。

 「初ヒットの記念ボールは銀メダルの隣に飾りたい」と、その思いを語る。

 コロナ禍が生んだリアルな奇跡のストーリー。人々を苦しめるパンデミックの中からだって、光は見えてくるのだ。

(スポーツジャーナリスト)

出村 義和
 (でむら・よしかず)1971年、ドジャースタジアムでMLB初観戦。ベースボールマガジン社でアメリカ総局勤務、週刊ベースボール編集長などを務める。独立後、ニューヨークをフランチャイズに19年間MLBを中心に多岐にわたるジャンルで取材、執筆を行う。帰国後、JスポーツでMLB中継の解説者も務める。

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