大谷翔平は「令和版・カネやん」!? SIDという“補助線”を引くと見えてくるもの…「スポーツ・アイデンティティ」著者・田崎健太さんに聞く

「スポーツ・アイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」を上梓した田崎健太さん

 ノンフィクション作家の田崎健太さん(52)がこのほど、「スポーツ・アイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版・税抜き1600円)を上梓した。人間の人格形成には、過去に体験してきたのが個人スポーツか、集団スポーツか、さらにはどのポジションなのか―が大きく関わっているという独自の「スポーツ・アイデンティティ(SID)」の見地からつづった文化論、教育論だ。SIDという“補助線”を引くことで、見えてきたものとは。(聞き手・加藤 弘士)

 野球選手、サッカー選手、格闘家に企業人、政治家―。週刊誌記者として、ノンフィクションの書き手として、田崎さんは数多くの人々にインタビューを行ってきた。心の奥の、さらに奥でうごめく言葉を引き出すためには、その人物の「これまで」を知ることは基本中の基本だ。そんな中、過去にどんなスポーツへと取り組んできたか、どんなポジションを担ってきたかが、人格形成に影響するのではないかと考えるようになったという。

 「昔から思っていたんです。実際に取材してみると、個人競技の選手は集団競技の選手と、発想の仕方が違う。野球選手の中でも、投手の取材はある意味やりやすい。捕手は面白いけれども、一筋縄ではいかないところがある。明らかに違うんです。その道を究めるために長い時間、練習していれば、その競技に合った性格になるのは当たり前のことかもしれません」

 マラソンにサッカー、格闘技にラグビー、ゴルフ、水泳など、8つの章に渡って様々な競技のSIDが論じられる。中でも野球に関しては「投手編」と「打者、野手、捕手編」の2章が割かれ、入念に描かれている。「投手編」では田崎さんが実際に取材した中で、特に強烈だった金田正一さんと伊良部秀輝さんを例にSIDへと迫っていく。

 「野村克也さんは投手の特性を『わがままで自己中心的』としています。そういう意味で金田さんは『ザ・ピッチャー』。インタビューはもう、これぞカネやんワールド全開というひとときでした。途中から取材というよりは『いかに金田さんを気持ちよくさせるか』になっていったんです。ところが質問すると『なんでそれを言わなきゃいかんのや』となる(笑)。でも意地悪じゃない。嫌な感じはしない。そして、ちょろちょろいい話をしてくれるんです」

 いかに自分が気分良く、前向きに野球へと取り組めるかを最重要視する-。金田さんから抽出されたSIDを、田崎さんが今の野球界で最も感じる男は、意外にもエンゼルスの大谷翔平投手であるという。

 「一時期、僕は大谷君を研究して様々なインタビューを読み込みましたが、内容のあるコメントがあんまりないことに気づきました。言葉数は多いけれど、小泉進次郎的な“話法”に思えたのです」

 「昭和の金田さんのように好きなことを言って『結果が出てるからええんやろ』という時代から、今は大きく変わって、ひとつのコメントで足元をすくわれる世の中です。大谷君はこのSNS時代に、コメントを切り取られる怖さを熟知しているのだと思います。だから揚げ足を取られないように、言葉を慎重に選んでいる。それも、いかに自分が日々、気分良く野球をやれるかを最重要視しているからではないでしょうか。そういう意味では金田さんのSIDに相通じるものを感じます。大谷君は『令和版・カネやん』ですよね」

 田崎さんは書く。「SIDは生まれつきの先天的な資質であり、同時に環境によって後天的に身につくものでもある」と。時代が求めるSIDもまた、変わっていくという。

 「戦後の日本では、男子は野球、女子はバレーボールという集団競技が人気でした。特に野球では、上下関係やその根っこにある非効率性が、終身雇用の社会に合っていたのだと思います。僕も出版社で新入社員だった頃は、出社すると先輩のテーブルを拭かなきゃならなかった。嫌なのでやっていなかったですけど(笑)。それは1年生による球拾いや声出しを『是』としてきた社会背景に相通じるものがあります」

 そんな日本社会の変化に伴ってだろうか、野球人口の急速な減少も叫ばれている。しかし、田崎さんはそれをマイナスとは捉えていない。

 「野球人口が減っても、メジャーリーグに続々と選手を輩出していて、レベルはむしろ上がっている。大谷翔平みたいな選手は以前、出てきませんでした。競技人口の減少は必ずしも質の低下につながっていない。ということはつまり、どれだけ野球界はこれまで無駄なことをしてきたのか、ということです」

 「昔は運動能力の高い子供や体格に恵まれた子供はみんな野球をやっていた。でも彼らが他のスポーツを選んでいたならば、そのジャンルのトップアスリートになっていたかもしれないし、五輪に出てメダルを獲得していたかもしれない。それがより豊かなスポーツ文化に繋がったかもしれない。一つのスポーツに競技人口が集中することの弊害は日本だけじゃない。ブラジルはみんなサッカーに行くから、他の競技は厳しい。オーストラリアはそこまで野球やサッカーが盛んじゃないから、様々なスポーツに人材が散らばり、五輪では多くの種目でメダルが取れているという見方も出来る」

 プロアマ問わず、野球における指導の現場も今、効率重視へとアップデートが進められている。

 「1年で365日練習するとか、おかしい。それを250日にしてもレベルは下がらないはずです。空き時間に外国語を習得する、他のスポーツを試してみる、などをしたほうが将来の可能性が広がるのではないかと」

 現在、子育てに奮闘中のパパやママに薦めたい一冊だという。

 「スポーツに費やした長い時間は、子供がどんな大人に成長するかに、必ず反映されると思います。だから僕は集団スポーツと個人スポーツ、両方にトライしてほしい。その上で、どちらが向いているのか、子供がどちらをやりたいのかという選択肢を与えてほしい。この本が、その参考材料になればと思います」

 全261ページには、複雑な人間関係の中で日々を生き抜く大人にも、様々なヒントが隠されている。

 「社会に出ると、なかなか理解できない人っていますよね。なぜこんな考えになるのだろう、と。そんな時、その人のスポーツ歴は一つの手がかりになります。教育論でもあり、組織論だとも思いますので、ぜひ読んでほしいですね」

 <田崎 健太>(たざき・けんた)1968年3月13日、京都市生まれ。52歳。早大法学部卒業後、小学館に入社し「週刊ポスト」編集部などを経て、99年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手がけ、主な著書は「偶然完全 勝新太郎伝」「球童 伊良部秀輝伝」(講談社)、「真説・長州力1951-2018」(集英社文庫)、「真説・佐山サトル」(集英社インターナショナル)、「「電通とFIFA」(光文社新書)、「ドライチ」「ドラガイ」「ドラヨン」(カンゼン)など。早大スポーツ産業研究所・客員研究員。

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