【新潟】早川史哉、急性白血病と闘ったからこそ達した「何事も受け入れる」精神 コロナ中断「ストレスではない」

練習で軽快な動きを披露する新潟の早川史哉(右)(アルビレックス新潟提供)

 J2新潟のDF早川史哉(26)は7日、プロ入りが内定した2015年の「七夕」から5年を迎えた。急性白血病を克服し昨年10月、約3年半ぶりに実戦復帰。「闘病生活を経験したからこそ、(新型コロナウイルス感染拡大による)中断期間のストレスはなかった」と、今年6月27日の再開初戦のピッチにも立った。このほどスポーツ報知のインタビューに応じ、激動の5年間とサッカーができる喜びを語った。(取材・構成=田中 雄己)

18年10月、スタンドから日本対パナマ戦を観戦した早川

 再開初戦の甲府戦(6月27日)。味方が足をつり、後半24分からピッチに立った早川は冷静なプレーを披露。約4か月ぶりの公式戦で、今季初出場を飾った。

 「サッカーができる喜びもそうですが、仲間やスタッフと時間を共有できる幸せを感じました。無観客は不思議な感覚で、普段からいかにサポーターに支えられているかが分かりました」

 コロナ禍の中断期間は満足に練習できず、ボールの感覚や体力も失われたが「ストレスではなかった」。その理由は、16年4月に発症した急性白血病の経験があるからだ。

 「もし、自分がずっと健康であったならば、ストレスに感じたと思う。『自分は大丈夫だろう』『なんで我慢しないといけないんだ』という発想で動いてしまったかもしれない。病気を経験したことで、何事も受け入れることができるようになった」

 昨年10月5日の鹿児島戦。長い闘病生活を経て、約3年半ぶりに実戦復帰した。

 「少し動けば息が上がる。歩いているだけで、足がパンパンになる。こんなに体力が衰えているんだ。そういうところからスタートして、少しずつできることが増えた。でも、すぐにまたできないことが出てくる。その繰り返し。喜びと悔しさが交互に出てくる中で前に進み、復帰できた。コロナでの中断期間明けは、1週間くらいでボールの感覚が戻りましたが、闘病生活で失った体力面はまだ完全には戻らない。道のりを振り返っても、決して楽ではなかった。やっとここまで来られたかと感慨深かった」

 今季は「より状態は良い」と語るが、100%ではないともいう。

 「自分が取り組んだことに、体が反応してくれることがうれしい。でも、これからどうなるかは分からない。限界がどこにあるのか、かつての自分に戻ることが正解かどうかも分からない。昔はもっと力強いプレースタイルだったけど、今はそれができない。ポジショニングや読みで補うスタイルに変わりました」

 ちょうど5年前の7月7日、新潟への加入内定が決まった。七夕の願い事は。

 「今季は連戦が多いので、常にチームの力になりたい。そしてずっと笑って、楽しく過ごしたい。大学時代から支えてもらっている妻には、まだまだ自分がプレーしている姿を見せたい。良い思いをしたいし、させたいですね」

 ◆プロ入り後の早川

 ▼15年7月7日 加入内定

 ▼16年2月27日 湘南との開幕戦でデビュー

 ▼4月 名古屋戦後にリンパ節の腫れを訴える

 ▼6月 急性白血病と診断

 ▼11月 骨髄移植手術

 ▼17年1月 契約を一時凍結

 ▼7月 退院

 ▼18年8月 トップチームに合流

 ▼10月 対外試合に出場

 ▼11月 契約凍結を解除

 ▼19年10月5日 1287日ぶりにリーグ戦復帰

 ▼20年5月 結婚

 ◆早川 史哉(はやかわ・ふみや)1994年1月12日、新潟市生まれ。26歳。新潟の下部組織を経て、2011年のU―17W杯では、日本代表MF南野拓実や中島翔哉らとともに8強入り。12年に筑波大進学。16年に新潟入り。J1通算3試合、J2通算9試合に出場。170センチ、70キロ。

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