【2003年7月8日】稲田悦子さん死去 1936年ガルミッシュパルテンキルヘン冬季五輪に12歳で最年少出場

 2003年7月8日、稲田悦子さんが胃がんのため、79歳で亡くなった。1936年ガルミッシュパルテンキルヘン冬季五輪のフィギュアスケート女子シングルに日本の五輪史上最年少の12歳で出場。小学6年生で冬季五輪の日本女子初の代表となり、10位と健闘した。

 稲田さんは8歳から競技を始め、女子が始まった1935年の全日本選手権で初代女王に輝いた。1936年1月にヨーロッパ選手権に出場し、当時のドイツ首相でナチス総統のアドルフ・ヒトラーと握手をした。その後、1936年2月のガルミッシュパルテンキルヘン五輪出場。次は1940年に札幌で開催予定だった五輪を目指していたが、日中戦争のため返上となり、出場できなかった。

 22歳で結婚し、1949年に競技復帰。1951年に全日本選手権V7を果たし、1952年に引退した。引退後は指導者の道を歩んだ。稲田さんは、日本女子フィギュアスケート界の先駆者だった。

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