高校野球は郷土の歴史…杉並区立郷土博物館「杉並の高校野球 春夏熱闘の記憶」展に行って来た

杉並区が誇る甲子園出場4校のユニホームと西東京大会優勝盾などの展示品

 4校のユニホームと西東京大会優勝盾が、一堂に並ぶ。日大二、日大鶴ヶ丘、国学院久我山、佼成学園。杉並区が誇る甲子園出場校だ。各校に行かないと見ることができない記念品や、個人所有の貴重な品々が集められた「杉並の高校野球 春夏熱闘の記憶~幻の大会から令和の他会まで~」展が、杉並区立郷土博物館分館で8月30日まで開催されている。

 分館2階の展示室は“宝物”でいっぱいだ。4校の戦歴はもちろん、国学院久我山コーナーには甲子園にも響いたチャンステーマ「一本」の楽譜も。その上にあるドーナツ盤は、創立35周年記念歌「久我山讃歌」で、NHK朝ドラ「エール」で話題になっている古関裕而の作曲だ。日大二が春夏とも甲子園初出場した1959年のエース・井上善夫(元西鉄)が、全日本高校選抜の一員で米国遠征した時のユニホームもある。

 この4校だけでなく、国学院久我山OBのロッテ・井口資仁監督のコーナーもあり、高校と日本代表のユニホームに、プロ野球とメジャーの初本塁打記念ボールが飾られている。最後のコーナーは、京王商(現・専大付)が南関東代表校として出場した“幻の甲子園”だ。甲子園大会の歴史では1941年夏から46年春までは戦争の影響で中断となっているが、その間の1942年に文部省と大日本学徒体育振興会が主催した大日本学徒体育体育振興大会の全国中等学校体育大会野球部門が甲子園で行われていた。選手が「選士」と呼ばれたこの大会で、京王商は1回戦敗退するも、優勝した徳島商に延長14回サヨナラの大健闘だったことを伝えている。

 この展示を担当した学芸員の森泉海さん(35)は「いつかやってみたいと、ひそかに準備を進めていました。昨夏、国学院久我山が甲子園に出場して初勝利を挙げ、このタイミングしかないと思い企画しました」と念願をかなえ、今年2月22日から5月10日までの予定でスタート。だが、コロナ禍に見舞われ3月10日から臨時休館に。その間にセンバツは中止となった。6月2日の博物館は再開し、展示は8月30日まで延長されたが、夏の甲子園も地方大会も中止された。「こんな状況になるとは思いませんでしたが、今だからこそ多くの方々に足を運んでいただき、幻の甲子園のことも知ってもらいたい」と森泉さん。

 市区町村の郷土博物館による高校野球をテーマにした展示は異例だが、100年以上の歴史を持つ高校野球は郷土の歴史でもある。杉並区から全国に広がり、子供たちが地元の高校野球史に触れられるようになることを期待したい。(「報知高校野球」編集長・日比野 哲哉)

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