「ザ・ニュースペーパー」渡部又兵衛、糖尿病で次々襲う合併症もとことん前向き

ひょうひょうとした持ち味で愛されてきた渡部又兵衛

 社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」のリーダー、渡部又兵衛(70)の人生は糖尿病との闘いでもあった。白内障手術や左膝下切断など次々に襲う合併症の中、舞台に立ち続けてきた。63歳で結婚。最愛の奥さんのサポートを受け、コロナ禍後の公演再開に備えトレーニングにも励む。電話取材に応じた渡部は満身創痍(そうい)になろうと「引退が頭をよぎったことは一度もない」という。この人に宿る不屈の精神の源は、徹底した前向き思考の人生哲学にあった。

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 北の地、小樽育ち。一人っ子で両親の愛情をたっぷり注がれて大きくなった。「演劇の天才少年あり」と評判になるほど表現力に秀でた子供だったという。特に感情の豊かな母の影響を受けたようだ。しかし、両親そろって糖尿病で「必ず定期的に検査を受けるように」と口酸っぱく言われていた。心の隅で自分もいつか同じ病気になるだろう、という覚悟はしていた。役者を志して桐朋学園短大に進み、劇団民芸の研究生を経験。18歳で上京後、若さに任せ、深刻に受け止めていなかった。

 「あのころ、どうしてもっと体をいたわっておかなかったのか、と反省することはあるんですけどね」。30代後半は東京ディズニーランド、ショーパブ、朝のテレビ番組などを掛け持ち。深酒も手伝い、いつも睡眠不足の状態。「一度に歯が3本抜けてしまったこともあったりで。強いノドの渇きを覚えたり。糖尿の初期の症状が出ていたのでしょう」

 コント集団「ザ・ニュースペーパー」の結成(88年)はちょうどそのころ。しかし、劇団優先の生活を送り、体調を顧みなかった。糖尿病はサイレント・キラー(静かなる殺人者)とも呼ばれる。合併症はじわじわ忍び寄ってくる。自覚症状が出た時は、相当深刻というケースが少なくない。渡部の場合、両目の白内障手術あたりまではまだ軽い方だった。

 2004年冬。左足親指をガスファンヒーターでやけどした。しかし、皮がめくれる程度であまり痛みも感じなかったため「大したことはないだろう」と月1度の定期検診まで様子を見た。ところが、医師が診たとたん、患部が壊死(えし)していることが判明。さらに3か月間、別の治療をしていたものの、逆に悪化。5月に左膝下からの切断の宣告を受ける。

 「先生、舞台に立てますか?」と、脚を失うことより、先に口をついたのは仕事のことだった。「引退の気持ちは不思議なほど、全くなかったですね」。芸風にもひょうひょうした持ち味が生きているが、そこには秘めた強さがある。役で自分と違った人物になれる楽しさ。観客が喜ぶ反応をライブで感じられることほど、幸福感を覚える瞬間はない。

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