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【安田記念回顧録】ヤマニンゼファー時代の到来…天皇賞・春から異例の3頭参戦

92年安田記念。派手なガッツポーズの田中勝を背にゴールへ飛び込むヤマニンゼファー(18)。左は天皇賞・春から転戦して2着のカミノクレッセ(8)

 ◆第42回安田記念・G1(1992年5月17日、東京競馬場、芝1600メートル、良)

優勝 ヤマニンゼファー(田中勝春騎手、美浦・栗田博憲厩舎)

2着 カミノクレッセ (南井克巳騎手、栗東・工藤嘉見厩舎)

3着 ムービースター (武豊騎手、栗東・坪憲章厩舎)

 今さらだが、インターネットで検索すれば、大昔のことでも大概のことは引っ張り出してくれる。ただ、ネットに頼り切りになると、弱い脳がさらに弱くなるので、いったん思い出す努力をしてみる。

 そんな時、記憶と事実がかけ離れているとショックである。28年前の1992年に行われた安田記念の競走成績を見て、老いぼれてきたことを実感した。四半世紀が経過しているのだから…という指摘があるかもしれない。それでも馬券を的中した方なら、きっと快感とともに記憶に残っているのだろう。優勝したヤマニンゼファーが単勝11番人気(3520円の好配当)だったことを、まったく覚えていなかった。それどころか、人気薄だったことすら消去されていた。

 田中勝春の派手なガッツポーズ、カミノクレッセが2着だったことは覚えていた。そこでようやくレースの位置づけを思い出した。ダイタクヘリオス(1番人気・6着)、ダイイチルビー(4番人気・15着)など短距離路線で活躍していた面々に、中、長距離路線の猛者が加わる。そんな安田記念だった。

 特に天皇賞・春から3頭が転戦したことには驚いた。メジロマックイーンがトウカイテイオーとの「世紀の対決」を制し、春の盾を連覇。同時に鞍上の武豊は4連覇という大記録を打ち立てたレースだった。その2着がカミノクレッセだった。それだけではなかった。3着イブキマイカグラ、9着ダイユウサクも参戦。ステイヤーの資質を問われる3200メートルの長丁場から、一気に1600メートル距離短縮のマイル王決定戦は、異例のローテーションだった。

 1984年のグレード制導入から8年が経過していたが、それまで天皇賞・春のあと安田記念に直行した馬は一頭もいなかった。すでに競走体系は確立されていており、言葉は悪いが「殴り込み」だった。ただ、カミノクレッセを管理する工藤嘉見は「宝塚記念まで間隔が空くから。それに元気だからね」と冷静だった。そこには無謀な挑戦という雰囲気はなかった。

 ヤマニンゼファーは京王杯スプリングC3着と好ステップを踏んでいたのに、なぜか伏兵の域を出なかったのである。翌年には安田記念を連覇、天皇賞・秋を制した実力馬の快進撃は、このレースから始まった。「手応えがよかったので、早めにスパートしました」。ゴール前でのガッツポーズに周囲から注意を受けたカッチーだったが、3/4馬身の着差以上の完勝だった。

 果敢なチャレンジだった天皇賞組の最先着、カミノクレッセの南井克巳は「前半でごちゃつき、流れに戸惑ったのが痛かった」と嘆いたが、それでも2着は底力の証明といえる。続く宝塚記念でも2着に入り、ありがたくない「銀メダル」コレクターの異名がついたが、この年の春競馬を盛り上げた名脇役だった。=敬称略=

(編集委員・吉田 哲也)

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