【トライアウト】元巨人の長谷川潤が引退覚悟の登板で3人ピシャリ「自分の野球人生最後になるかもしれない」

シート打撃に登板し、力投する長谷川潤

◆2019年NPB12球団合同トライアウト(12日、大阪シティ信用金庫スタジアム)

 戦力外選手などを対象とした12球団合同トライアウトが12日、大阪市此花区の大阪シティ信用金庫スタジアムで行われた。43選手が参加してシート打撃形式で実施され、無死1ボール、1ストライクから始まり、ヒットや四死球の走者は残る方式で各選手は猛アピール。スタンドからは3150人の観客が声援を送った。

 「ピッチャー、長谷川潤―」。どこか聞き覚えのある名前がアナウンスされると、集まった野球ファンからも温かい拍手が送られた。モデルの「ハセジュン」こと長谷川潤とは同姓同名の、28歳サイド右腕。16、17年に巨人に在籍した長谷川は、トライアウトの舞台に登場すると、2三振を奪うなど3人をパーフェクトに抑えた。ホッとした様子だったハセジュンは「緊張しました。久しぶりに大勢の前で投げたのでずっとふわふわしていました。独特な緊張感が…。(結果は)本当によかった。最高じゃないですか。やりきれた」とうれしそうに振り返った。

 何度も頭を悩ませて、たどり着いたマウンドだった。BC石川から15年の育成ドラフト8位で巨人に入団。同年のドラフトでは育成選手を含めた全116人中、116番目での指名だった。それでも3軍スタートだったキャンプから猛アピールして16年3月28日に支配下登録。5月6日の中日戦(東京D)では先発して初登板も果たした。

 1軍での登板は1年目の3試合のみ。白星を挙げることが出来ずに0勝1敗、防御率8・53。2年目の17年は1軍登板がなく戦力外通告を受けると、18年は巨人の打撃投手に転身した。だが、18年シーズン終了後の11月に選手復帰を決意。オランダリーグなど欧州も含めて所属先を探し、NPB復帰の夢を追う決断を下した。

 2月にはずっと違和感のあった右肘を手術。欧州行きもなくなり、古巣のBC石川と練習生として契約した。4月に正式に選手登録されて、巨人時代と同じ背番号「96」をつけると、BCリーグで16試合に登板して5勝5敗、防御率3・96。調子が徐々に上がっていったことからトライアウト受験を決意した。

 「夏終わってちょっとしたくらいから体の状態がよくなってきた。ずっと先発だったけど、チームの事情で中継ぎをやって、その時に目いっぱい投げることがあって、自分の体の状態が思ったよりも上がってきていて、スピードも出るようになって、自分の気持ちが体の状態とともに、またNPBに挑戦できるかもしれないなという気持ちが生まれて、トライアウトを受けようと思った。NPB時代に体は戻って、もしかしたらその時よりもいい状態かもしれない」

 ただ、これが最後のチャンスだと自覚している。すでに28歳。オファーがなければユニホームを脱ぐ覚悟を持っている。

 「気持ち的にはトライアウトで自分の野球人生最後になるかもしれないという思いで臨んだ。僕を必要としていただける場所があればもちろん続けたいですけど、オファーがなければ一つの区切りかなと思います」

 打撃投手から選手復帰という異例の決断をしてから1年。古巣・BC石川でのシーズンは予想以上に充実したものとなり、長谷川の心を動かした。

 「すごく充実していました。やりきれていない思いを1年間、気持ち的に無理かなとか思うこともあったけど、トータルで考えると1年間楽しめて、やってきたことが今日の投球にそのまま出たと思う。石川に来て野球を純粋に楽しんで、結果がどうあってもその日1日を後悔のないようにと言うのがそういう野球が出来た。監督の武田勝さんがやりやすい環境を作ってくれて、とにかく楽しむ野球を1年できました」

 これまでも何度も崖っぷちから這い上がってきた長谷川。「楽しめましたね。精いっぱいやりきれました」と笑顔を見せて帰路についたが、またその笑顔をマウンドで見たい。

 ◆長谷川 潤(はせがわ・じゅん)1991年6月15日、東京都生まれ。28歳。兄の影響で府中第十小3年の時に野球を始める。府中第二中では武蔵府中シニアに所属。成立学園高を経て、金沢学院大では3年春秋にベストナイン。14年からBC石川に加入。15年の育成ドラフト8位で巨人に入団した。185センチ、80キロ。右投右打。

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