【平成名勝負】阿部弾、亀井弾、そして原采配…。巨人の黄金期を象徴する一戦

09年11月5日の巨人・日本ハム日本シリーズ5回戦。9回1死、阿部慎之助(右奥)が2号サヨナラ本塁打を放ち歓喜

 ◆2009年(平成21年)日本シリーズ第5戦(11月5日・東京D)

日本ハム 010 000 001=2
巨  人 000 000 012×=3

(日)藤井、建山、林、●武田久―大野、鶴岡
(巨)ゴンザレス、○山口―阿部

[本]高橋(日)、亀井、阿部(以上、巨)

 これで、巨人の日本一は決まったな―。巨人ファンで埋まった右翼席に飛び込む2本のアーチを見て、そう確信せずにはいられなかった。巨人と日本ハムが激突した2009年の日本シリーズ。2勝2敗で迎えた東京ドームでの第5戦が、私が選ぶ平成ベストゲームだ。

 1―1のロースコアで展開して迎えた9回表、日本ハム・高橋が右越えソロ。巨人はその裏、先頭はここまで無安打だった亀井だ。「『決めたろう』と思ってました。チームも追い込まれて、自分も追い込まれて、開き直っていきました」。この年、34セーブでパのセーブ王に輝いた守護神・武田久の初球直球をフルスイング。起死回生の放物線は、右翼席の上段にまで描かれた。

 同点ソロが生まれた瞬間、阿部はつぶやいた。「すごいなあ。亀井が後輩で良かったな」。中大の後輩が放った劇弾にベンチで胸を熱くした。1死後、自身に打席がまわってきた。武田久の高めカーブを完璧に捉えた。低い弾道で、亀井同様、右翼席に突き刺した。サヨナラアーチだ。何度もジャンプして感情を爆発させる阿部。お立ち台での「最高でーす!」は、阿部史上MAXのテンションだった。

 ベンチの原監督は、亀井の同点弾が出た時点で「このゲーム、取った」と、勝利を確信したという。そう思わせた理由は、8回裏の攻撃にあった。あのスペシャリストが、すでに試合の流れを巨人に大きく引き寄せていたからだ。

 0―1で迎えた8回、先頭のイ・スンヨプが死球。ここで代走で出たのが、現在は巨人の外野守備走塁コーチを務める鈴木だ。投手は建山。打席は坂本。代走の切り札は、ここで、いとも簡単に初球スチールを決めたのだった。続く代打の切り札・大道の打席で、日本ハム3番手の林が二塁へけん制悪送球。鈴木の足を警戒して、相手が浮足立った。

 1死三塁となって、バットを短く持った大道がファウルで7球粘って右前へ同点打。ベンチスタートの職人たちも、期待どおりの仕事を果たし、東京ドームは完全に押せ押せムードになっていた。

 原監督が仕掛けたちょっとしたワナも見逃せない。前記した鈴木二盗のシーン。打席の坂本にわざとバントの構えをさせたのだ。1点を追う終盤。しかも巨人にとってはホームゲームだ。まずは同点にするべく送ってくるのでは―相手にそう思わせながら、初球単独スチールのサインだった。試合後「ベンチも本人も相当な覚悟を決めて、というなかで、いとも簡単に(盗塁を)決めた。尚広ならでは」と語った指揮官。失敗をおそれない超攻撃的な采配が、原監督の真骨頂。そのスタイルは、通算3度目の指揮を執る今も変わらないだろう。

 巨人は、続く第6戦を2―0で勝利。7年ぶりの日本一に輝いた。その試合は先発の東野が初回に打球の直撃を受け降板。内海がスクランブルで好投するなど、6投手による完封リレーだった。07~14年の8年間でリーグ優勝6度、日本一2度。黄金期に入った強い巨人をまざまざと見せつけた日本シリーズだった。(清水 豊=野球デスク、09、10年巨人担当キャップ)

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